才子25
待てど暮らせど、才子は部屋から出てこなかった。現在の滞在者の中での滞在期間は才子、満咲ちゃん、瑠璃子、Gさん、僕、スティーブ、エミリーの順である。以前のことを尋ねるのに適任は……考えてみて、あまり気も進まないがスティーブにべったりくっついている瑠璃子なのだろうな。
「なぁ、瑠璃子。才子が部屋に引きこもることって今までもあったのか?」
「はぁ? くだらないことであたしとスティーブの邪魔しないでくれる? 答えたらどっか行ってよね。才子なら何日も平気で引きこもるよ。今までだって何回かあったし」
「そういう時って『上位存在』と話してるのかな」
「上位存在って何」
あ、瑠璃子は知らないのか。興味がないというよりは興味の偏りが激しいというか。今はスティーブにご執心なわけで。
「ごめん。いいや。ありがとう」
知らないなら知らない方がいい。僕は以前に比べ、消極的になっていた。館の秘密を知ってしまった今となっては、『消える』ことの意味も、脱出の不可能性も、外に出るという現象も、理解してしまって探るべき対象ではなくなっていたのだから。
「勢いがなくなったようじゃな。どういう心境の変化かのう」
「Gさん」
「あれだけ精力的に館からの脱出を願って動いていたお前さんなのに、今や影もないのう」
「面目ない……」
「何か掴んだということかのう」
ぎくりとする。黒い部屋の中でGさんの白く淀んだ老眼がぎょろりと動き、こちらを見据えている。
誰にも言えない。誰かに話してしまいたい。二つの選択肢がせめぎ合う。
いっそ公然の事実として全員に伝えてしまったらどうなるだろう。僕の役割もまた『吉田さん』のように誰かに受け渡され、僕は消え去ってしまうのかもしれない。
『消える』といえば、『悟』という青年はなぜ突然消えたのだろう。その点、記載がなかった。特記事項がないということはいつものようにこの部屋の隅で膝に頭を埋めていたに違いないけれど。常日頃から寝ているのか起きているのかすら分からないような様だったという。
そういえば、瑠璃子が外に出る時には昏倒するのだと言っていた。もし『悟』が誰にも分からないまま睡眠状態に入り、外に出ていたとしたら? そこで起きた出来事によって『消えた』のだとしたら? 外に出るというのも『消える』リスクが伴うことになる。
考えてみれば当たり前なのかもしれない。雅の掛かっている医師が人格を自在に引き出すことが出来、最終的に雅一人への統合を目的としているならば。そしてそれは治療方針としては何ら不自然ではない。多重人格の治療のゴールは統合であるはずだ。
「すみません、分かったことはあるのですが、才子が黙っていることを僕の口から言うことは出来ません。それも分かったことのうちの一つなんです」
「なるほどのう。まぁ、わしとてこの館自体への興味も然程有りはしない、ただ、この穏やかな日々が続くことを祈っておるだけじゃな。核心というのがこの生活を脅かすものであるのなら話は変わってくるがのう」
出方を窺われているように思えた。
「はい。その……話すことで平穏が乱れる可能性があります」
「そうか。それならば何も聞かんでおこう」
老人は濁った目を伏せてコーヒーを啜った。美味い、と言ってその味と共に静かな生活を味わっているかのようだった。
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