サイコ6
「……は。」
後輩と揃って目を丸くした。
「申しあげた通りです。私は私であって私ではないのですよ」
あまりにも意外だった。サイコは、サイコではないというのだから。いや、厳密には、この身体はサイコのものではないというのだ。
「私が生まれたのは確かにこのA病院内なのですよ。拘束帯で結ばれて数日経った時でした」
拘束帯……何年か前にこの小さな田舎町にはテレビ局が取材に来たことがある。A病院で患者が不当な扱いを受けていると。その象徴が拘束帯だった。拘束帯とは、暴れたり危害を加える患者をベッドに固定し動けなくさせるものだ。ちょうど近くの高校の受験を控えていた自分は、その時のニュースで詳細を知ったものだからよく覚えている。
「でも、あの時って、この病院に付いて地元の人はほとんど何も知らなくて答えられなかったんですよね」
地元生まれの後輩が言う。当時中学生だった彼にとってはテレビ局が取材に来るというのは一大事件だったらしく、自分よりも更によく覚えているようだった。
「この病院って、閉鎖的で、精神病院ということもあるのでしょうが、近所で掛かっている人も居なかったんですよ。患者さんがどこから流れてくるかも誰も知りませんし」
警備員の言葉を思い起こす。紹介と急患のみ――。そして大して患者の人数が多いわけでもない。
「半分は研究施設ですよ。珍しい症例を扱いたがるのです。学会での受けもいいですから」
院長の娘らしくサイコは内実を晒す。しかし院長の娘を拘束帯で縛り付けたというのか?
「はい。私が悪い子でしたから」
サイコは少ししょげて見せた。
「時折、悪い夢を見るんです。何処かは分からないのですが、銃撃音が飛び交って、人々が血だまりの中を奔走していく。私は父に手を握られているんです。本当の父。顔も覚えていないので、顔は見えません。それから――父が私に覆いかぶさって、目の前が全て赤色に染まるのです」
後輩と二人、黙ってしまう。恐らくそれは夢ではなく
「ええ、恐らく記憶の再体験だと思います。覚えてはいませんが、父と私は海外でテロに巻き込まれたのでしょう。そして、父だけが亡くなり、私は生き延びた」
「過酷ですね……」
「ええ、本当にそうなら。しかし確かめる勇気もないですよ」
こうした話をしていると、半分眠っていたナルコがぼんやりとした眼を開いた。
「ナルコ、ミサキちゃんからそのおはなし聞いたことあるよ」
知らない名前が出てきた。ミサキとは誰だ?
「サイコの妹みたいな子だよ」
「ああ、そうですね。私は会ったことはありませんが、ナルコと同世代の子がいるようですね」
大体の事情を知ってもなお慣れない。しかしこうした話はこれからどんどん続いていくのだろう。
「ミサキちゃんはお父さんに守られたんだって。血がいっぱい出てるのを見たんだって。それで、すごく怖かったんだって。人は、だんだん死んでいくんだって言ってた。えっと、それで、忘れててほしいんだって」
「誰に?」
「娘さんだって言ってた」
サイコとは別の、か。
話の複雑さは増していった。
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