サイコ7

「当時の私には、何人が住んでいたのでしょうね」

 サイコは物憂げに語り出した。

「あまりにもショッキングな記憶は、特に幼少期であれば封じられやすいものです。私にとって父の死がそれだったのでしょう。けれどもその記憶は必ず何処かに残っていて、誰かが肩代わりをしているとは考えられませんか。私の場合、そのミサキという子がそうなのかもしれません。けれども幼いミサキ一人では抱えきれず、ミサキの補助役が現れ、その補助役の補助役が現れ、そうした終わりなき連鎖があったように思われます。実際、医師である院長の見立てでもそうらしいのですが。ただ私の場合、他の多くのケースと違っていた点は暴力的な人格が現れにくかったということです。現れても拘束帯で締め上げられ、鎮静剤の注射で眠りに就くことにより抑え込まれました。幾度かそうしたことを繰り返すうちに統合が進むそうです。統合というのは、分離した人格を一つの主人格に纏め上げることです。しかし、ここで問題が生じます。ミサキの統合は、私に父の死を思い出させることになるのです。もう十数年も前で取り戻すことも叶わず、あまりにも残酷な最期だったとナルコ伝手に聞いていますから、ミサキが私に統合された時にどうなるのか分かりません」

 ここまで話すとサイコは息をついた。

「私が私でないことはお話ししましたね。サイコではない本来の、主人格の私は別に存在しています。ただ、普段の生活は私が行っているのです。彼女は食事すら拒否しますし、何しろ落ち着いていられることが出来ないのです。いつでも何かに怯えていて、ろくに話も出来ません。たった一人を除いて」

 息を飲む。サイコは、何人いるんだ?

「その一人とは?」

「才子」

「サイコ?」

「いいえ、私とは別の才子です。私は人格のうちの一人ですから。サイコは、主人格にとってのイマジナリーフレンド……といえばいいのでしょうか。そういった存在です」

 イマジナリーフレンド……ゲームの考察で聞いたことがあった。想像上の友人。通常、幼少期に現れ、本人にしかその姿は認識できない。会話をすることが出来、一緒に遊ぶのだという。稀に思春期以降も見られるという話だ。

「才子の場合には、外には出て行きません。内側で主人格と話をするのです。主人格が会いに行く形ですね。厳密にはイマジナリーフレンドとは違うものかもしれませんが、解離症状の一つであることは疑いようがありません」

 解離とは、自分と他人の区別が付かなくなる状態である。自分が自分ではなくなり、他人が自分のように思えてしまう。

「一人遊びの延長でしょうか?」

 後輩が問うと

「それで片付いたら平和的ね。ただ、彼女たちは無意識下とはいえ意思を持っているのよ。自問自答とは違うの。別の意見や考えを持っている。だから彼女は才子に会いに行く」

 静寂が流れる。何となく理解はできたが、後輩の頭は追いついていないようだった。

「彼女が書き残していたことがあるの。才子が私の唯一絶対の理解者だって。才子が実在していないことは理解しているのね。それは才子も同じ。けれど、別の人格とは別格で、意識や記憶や感情は共有されている……というか、彼女から才子の方に流れて行くみたい。才子が何を考えているのかは話してみないと分からないみたいだから」

「あなたはなぜそんなに把握できているのですか?」

 湧き出た疑問が口を突いて出た。

「院長と話す機会が一番多いから。それに、不安定な主人格に変わって私が代理を務めているようなものだからよ」

 サイコは、どこか疲れているように小さく笑った。彼女は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。話し疲れた様子ながら、安心したような穏やかさも感じられたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る