才子17

 話には聞いたことがあった。いや、こうした表現さえも最早僕の記憶ではないのだと分かったのだけれど。

 多重人格。

 僕はその人格のうちの一人らしい。

 満咲ちゃんも。悟も。瑠璃子も。Gさんも。スティーブも。今、マシンガンをぶっ放している二人組も。

 皆、元は一人の人間の意識なのだというのだ。

「例外は私だけ。私は人格とは違う。『上位存在』に求められて存在している。たぶんね。私の名前だけは彼女が付けたのよ。私、名前がなかったの。だからあなたが付けてって彼女にお願いしたのよ。その日から、私は才子になった。それで、毎日のように彼女が来るようになったの。こんなことことがあってつらかった、悲しかった、ってね。負の感情が多かったけれど、彼女から私には経緯や他者から言われた言葉の記憶や、その時に感じたことが同期されてるのよ。だから分かるの。彼女は元々痛みに強い方ではなかったのよ。他者からの無理解にも苦しんでいたみたい。それから」

 才子は一拍置いた。

「性的虐待」

 その一言は重くのしかかってきた。

「瑠璃子が何をしてるか知ってるわ。何故瑠璃子が生まれたのかも。彼女は瑠璃子に成り代わることで行為が行われても自分ではないと思い込むことで逃げているのね」

「誰がそんなことを」

「色んな人よ」

「色んなって言ったって」

「まず父親である院長、看護師、外部からの研究員、警備員。あらゆる人たち」

「は……そんなことがあり得るのか?」

「あり得たから瑠璃子がいるの。彼女、上位存在は時折日頃の我慢の糸が切れてね、拘束帯というもので縛り付けられることがあったのよ。縛って動かなくなればあとは周囲のやりたい放題。元々閉鎖的な病院だもの。ああ、そうだわ。私たちの主人格はずっと精神病院に入院しているの。言ってなかったわね」

 まぁ、これだけの人数が一人の人間の中に出たり入ったりしてるのだ。何らかの治療は受けているだろう。

「治療と託けてね、まぁ実際全部が治療行為じゃなかったとは言いきれないけれど、彼女に性的苦痛を強いる行為が幾度もあったことは事実よ」

「患者の人権はどうなるんだ、それ」

「だから問題になったのよ。誰かがメディアにリークしてTV局が取材に来る騒ぎになったわ。ただ、彼女の希望で性的虐待の件については伏せられたけれど、代わりに拘束帯が槍玉に上がったみたいね」


 才子からの驚くべき告白を聞き、何か考えるなり記録するなりしたかったが、その猶予はなさそうだった。

 マシンガンの音が間近に迫っている。

「恐らく、上位存在の心理は何らかの原因で恐慌状態ね。現実に私たちの本体に鎮静剤でも打たれれば彼らも治まってくれるとは思うのだけれど。現実とこことでは時間の流れが違うの。応戦しないわけにはいかなさそうね」

 それまで背中を机の裏面に凭れさせて並んで話していたのだが、才子は起き上がると片膝立ちになって机越しに扉に向けて銃を構えた。

「恐らく一室ずつ当たってる。何でもいいから破壊したいのよ、彼ら。彼女はそうした衝動を起こすことがごく稀にあるの。人格として定着化するほど長期化はしないのだけれど。なぜなら普段は私と話すことで抑え込んでるから。でも、間に合わなかったり助長してしまうことがある。このタイミングと規模……今度のは私のミスだわ」

 才子は瞬き一つせず、正面だけを見据えていた。初めてではないらしい。そして表情では強気を保っているように見えるものの、言葉からは後悔や罪悪感が伝わって来る。

 満咲ちゃんが犠牲になったかもしれない。

 あの子は蘇生も中断して瑠璃子の部屋に置き去りにしているが、大丈夫なのだろうか。

 思っていると

「来る。でも増援も到着する頃合いね。思うに、スティーブが来たのも偶然じゃなかったんだわ。こうなる事を予期して……」

「なぜ?」

「女性の主人格にとって、男性の別人格は自己を守るために存在することがままあるの。スティーブが吉田さんを覚えていたのも、きっと内部を先に知っていた方が好都合だったからだわ。来る前に彼女は消えてしまったわけだけど」

「才子は『吉田さん』を覚えているのか?」

「……彼女に限らないわ。ここに居て、消えて行く人々を私は覚えている」

「才子は人格ではないのか?」

「私は、上位存在にとっての、最後の砦」

 瞬間、扉のすぐ向こうで銃弾の射出されるけたたましい音が響き渡った。




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