才子18

「覚悟しなすって」

 扉の外からスティーブの声が聞こえる。増援は到着したらしい。二丁拳銃を構えたカウボーイ然としたスティーブの勇姿が脳裏に浮かぶ。

「スティーブさすがだね。今のあんた超カッコイイよ!」

 瑠璃子のメロメロ声も聞こえるが戦力にはならないし危ないので下がっていた方がいいと思う。

「出るわよ。来て」

 才子が長銃を構えたまま片手で合図を出してくる。僕に与えられているのはハンドガン一丁。マシンガンに対抗できるような代物じゃない。

 けれども才子に促されて後に続く。扉の両脇で銃を構えたまま息を殺す。銃撃戦の音が聞こえる。

「この扉を盾にするんじゃ」

 壊れたと見える近くの扉を盾にするようにGさんが促している。年の功か。いや、この状況なら僕でもそうするか。

「机、盾代わりに持って行こうか」

 才子に提案すると

「そうね。たぶん、壊れてる扉を利用しているなら既に蜂の巣だわ」

 銃を一度置くと、机を二人で持ち上げ、才子の部屋の扉を開く。床に置いておいた銃は片足で蹴とばして室外へ。上手く手に取ると机越しに頭を伏せて銃先を敵に向かって構える。

「増援、感謝。タイムリミットまで時間を稼ぐわよ」

 こうして二人の狂暴な侵入者との直接対決が始まった。増援四人を机の裏まで誘導すると双方距離を保ったまま、睨み合いになる。

「あいつら束になって掛かってきたよ」

「何人でも同じだろ。ガキンチョとそう変わりがねぇよ、素人風情が」

 向こうは向こうで何やら言い合っている。数で勝てるほどこちらの装備が良いとも言えないのだが、才子も才子でもっとマシな武器を用意してくれなかったものか。今更だけれども。

 しかし満咲ちゃんについて言われるのは我慢ならなかった。何の抵抗もなくあんなに幼くて罪もない子を撃つだなんて。しかもそのことに関して何も感じていない様子だ。信じられない。これも僕らと共通する精神の一部だというのだろうか。

「今は余計なことを考えないようになさい。とにかく、外部からの干渉が行われるまでこの場を持たせるの。犠牲は最小限に、可能な限りゼロを目指して」

 才子が号令をかけると一斉射撃が始まった。

 鼓膜がやられそうな銃撃音の中、無心を心掛けるものの、才子から聞いた話が頭の中をぐるぐると回っていた。

『吉田さん』のことを考えてみる。彼女が消えてから僕は本を読み始めた。多重人格では統合というのが行われ、最終的に主人格一人にまとめ上げる。『吉田さん』は僕が来た時点でこの館の構造、つまりは多重人格者の心理内だと理解していたと思われる。

 それなのに、消えずに済んでいた。つまり消える条件は真相に辿り着くことではない。統合だ。

 だとしたら……彼女を消したのは僕なのかもしれなかった。真実を求める人格はそれほど多く必要とされないのかもしれない。食事も系統こそ違うがバランス良く食べていたのは僕も同じだ。

『吉田さん』は僕が吸収し、僕の中で生きているのかもしれなかった。副人格の中に人格が統合されるというのも妙な感じではあるけれど、そう考えるのが一番道理に適っていた。

『吉田さん』は、僕が『消した』。


「瑠璃子。弾、充填して。代わりにそっちの銃を寄越しなさい」

「はぁ、命令されるのってサイアク」

「文句なら後で聞くわ」

 才子と瑠璃子の声で我に帰る。激しい銃撃音が耳鳴りのようになっていた。考えながらも撃ち続けていた僕の持つ銃も弾切れになっていた。

「グレネードでも取り寄せて投げつけようかしら」

 才子は案外血気盛んらしい。というか、満咲ちゃんの件で一番怒りを感じているのは付き合いの長い才子なのかもしれない。殺るか殺られるかとは別に、才子は明確に殺意に近い空気を纏っていた。

「取り寄せてくる。今の装備じゃ不十分だわ」

 才子が言って立ち上がろうとした時、敵側のマシンガンの銃声が急停止した。

「倒したのか?」

 悟が平静な声で呟く。

「……沈静化だわ」

 沈静化……。僕たちにとっては喜ばしいけれど、それは本体が鎮静剤を打たれて眠らされたことを意味していた。

 そして、何かが行われるのだろう。僕たちには何も手出しが出来ず、守ることも叶わずに。

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