才子16

 才子の部屋は、部屋とは呼べなかった。

 それは奴らに荒らされたからではなく――暗く、黒く、天井と壁と床の区別もつかなかった。広さがどのくらいあるのかも見当が付かない。ただ、一脚の赤い革製のカウチソファがあるだけで、寝台さえもなかったのである。

 それはある種の聖域を思わせた。


「机、出してくるわ」

「手伝う」

「いい、来ないで」

 ぴしゃりと言われてそれ以上追及できなかった。

 才子はどこから出したのか分からないが、弾除けになりそうなテーブルを引きずってきて、僕たち二人で机の上面を縦に起こした。

 外ではマシンガンの音が響く。館の壁も崩されそうな勢いだ。才子は用意していたトランシーバーに口元を寄せ

「総員、聞こえる? 敵発見。私、才子の部屋の前。扉が破られ次第、応戦する構え」

「了解」

「嬢ちゃん、無理するでないぞ」

「死なないようにねぇ」

「すぐ増援に向かう」

 それぞれの声が返ってくる。良かった、みんなまだ無事のようだ。


 暗がりの中、立てた机を背にして僕と才子は押し黙っていた。

 訊きたいことは山ほどある。

「才子」

「あなたの言いたいことは分かるわ。後にして」

「死んだら後も何もない」

 大袈裟に溜息を吐くのが聞こえた。

「『上位存在』の件ね」

「そうだ」

「確かに来たわ、今日。随分荒れてた。奴らが現れたのも、満咲が撃たれたのも、必然と言わざるを得ない」

「『上位存在』の目論見か」

「目論見っていうほどじゃないわ。無意識下の願望の具現化よ」

「なぁ、教えてくれ。『上位存在』って何なんだ? 誰なんだ? 何の権利があって僕たちをこんな目に遭わせる? 何故満咲ちゃんがあんな目に遭わなきゃいけない?」

「黙秘……と言いたいところだけど」

 才子は何かに迷っているようだった。

「あなたが来てからよ。様々動き出したのはね。記録の所為かもしれないけれど、あの記録さえあれば私すらお役御免だわ」

「どういう意味だ?」

「この世界を覚えているのは私だけで良かったのよ。ただ、記録が為されたことで『上位存在』がこの世界を把握するに至った」

 一瞬間が空く。

「彼女はここには私しか居ないと思っていたのに」

「そんな馬鹿な。だって、こんな館で、広間には人が集まっていて、食事だって用意されて……なんのバックもなしに行われてたっていうのか?」

「可能なのよ」

 才子は笑っていた。薄い唇の端を釣り上げて、魔法の呪文でも唱えるかのようだった。

「ここの秘密を知りたいのね」

 話してくれるなら。一も二もなく頷いた。

「あなた、この館に興味がお有りなんでしょう?」

 魔法が解かれていく。そう思った。


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