才子6
犯された。
僕は瑠璃子に犯されたのだ。何ていう事だと思いながら、疲れ切って悠々と眠っている瑠璃子の部屋を逃げるように去る。
話に聞けば悟も同じ目に遭っているはずだ。それであんなに暗いのだろうか。犯されて心の傷を負ったとか。繊細そうだしな。
次は悟に話を聞いてみよう。部屋に向かって悟のネームプレートを確認してノックしたが無人らしかった。広間に戻ると一日中そこに居るのか、いつもの定位置で丸くなっていた。
「悟、話してもいいか?」
「……耳に障る」
またそれか。こいつには気を遣わされるな。
「瑠璃子のことで」
「やられたか」
「話が早いんだな」
瑠璃子の名前を出しただけで言わんとすることは通じたようだ。
「一度や二度じゃ済まないってことか」
「……瑠璃子が、満足することはないからな。若い男が来たらみんなやられる」
「何でそんなに常習的に性に奔放なんだろうな」
「……瑠璃子は『欲望』だから。だから消えることがない」
『消える』。またその話になるのか。
「悟は瑠璃子よりもここが長いんだよな。何番目だ?」
「……知らない。消えたり増えたりだから」
「今いる人間の中では?」
「才子、満咲、俺、瑠璃子、ジョージ、吉田、お前」
満咲ちゃんの方が長いのか。あんなに小さいのにこんな場所に長く閉じ込められてるっていうのか。
「何人くらいと会ったんだ?」
「さあな。入れ代わり立ち代わりだ。15から20っていうところだろう」
思ったより多いな。その規模ならこの館程度の広さは必要なのかもしれない。しかし誰が何の目的で僕らを閉じ込めているんだ?
「悟が消えないのは何でだ?」
一番存在感というか生気が薄い上に絶食生活を続けているというのに不思議な話だ。
「知らない。必要とされてるのかもな」
「誰に?」
「上位存在」
上位存在。長である才子の上に誰かいて才子をコントロールしているとは感じていたが、それが上位存在なのだろうか。
「上位存在って誰なんだ?」
「知らない。会うことは絶対にないからな。……才子以外は」
「才子は会ってるのか」
「会ってるだろう。指示を受けたりこの館の仕組みについて理解してるようだからな。……別に、俺は困らないし興味もないから聞いたこともないが」
興味がない、か。悟には感情というものがあるようには見えない。厭世と退廃と苦痛を体現しているような印象を受ける。
食事をしないというのもその印象を増長させる。
「悟は、普段ずっとここにいるのか?」
「そう……だな、瑠璃子に呼ばれたら相手してるけど、あいつ、癇癪起こすと大変だからな。それ以外はここにいる。やりたいこともない」
こいつは瑠璃子と反対に徹底して無欲らしい。繊細そうではあるが、瑠璃子に犯されても特に何も感じていないのかもしれない。
だからこそ繰り返されるのだろうか。
悟と話しているとワゴンを転がしながら吉田さんが入室してきた。
「食事」
一言だけそう言うと、ワゴン上の昼食を取り分け始めた。悟はまた膝に頭を埋める。
それから次々と入室してきて、やはりそれぞれ朝と同じような食事をとる。
才子は果物、満咲ちゃんは甘いもの、瑠璃子はスムージー、Gさんはコーヒー、吉田さんは御膳。
瑠璃子は通りすがりに「またヨロシク」と、こちらに目配せしてぱちりと片目を瞑った。勘弁してほしいが、悟が瑠璃子は癇癪持ちだと言っていたのが気になるし、悟にばかり瑠璃子の性処理を押し付けるのもいかがなものだろう。
適当に、唐揚げと白米と味噌汁を口に運びながら考える。
どれくらい長期になるのか不明だが、滞在が長くなれば僕にも性処理が必要になるだろう。その時には瑠璃子に、というのはずるい考えなのかもしれないが、他に頼む気にもなれないし瑠璃子が望むのであれば持ちつ持たれつなのかもしれない。僕は悟と違って健全ではあるのだ。
食事を済ませると、再び才子に近づく。『上位存在』について聞きたかったのだが。
「禁忌よ。それだけは言えない」
一蹴されてしまった。
「才子が会うことはあるのか?」
「……そうね。大方、誰かから聞き出したのでしょうけど、大体分かってるみたいね。私だけは面談可能、というか彼女が求めるからね、たまに相手をするのよ。可笑しな話だけど」
何か可笑しいか? 才子しか話をしない方が不思議だし、その『上位存在』が広間に現ず、才子以外に面識がない方が余程奇妙だ。
「それについては何も言えない。この館の根幹に関わることだから。あなたは知らなくてもいいことよ」
そんなことが許されるのか。知る権利くらいあるのではないだろうか。その『上位存在』によって僕らはこの館に閉じ込められているのだろう。言うなれば拉致監禁の犯人じゃないのか?
「口は慎むことね。誰のおかげで存在できていると思っているのかしら」
どういう意味だ? つまり、『上位存在』の核心に近づこうとすると『消える』ということだろうか。
「なぁ、才子。『消える』ってどういうことだ?」
「そのまま言葉通りよ。無になるということ」
足元がぐらつく気がした。死よりも恐ろしいことのような気がしたのだ。それなのに、消えていく者たちにここの人たちは何も感じないというのだろうか。
狂っている。
「ごめん、気分が悪くなったから部屋に戻って休む」
「どうぞ、ご自由に。時間ならいくらでもあるからね」
才子は素っ気なくあしらった後こう付け足した。
「『消える』までは」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます