サイコ3

「クラスにサカタ ノリコってのがいて、中学から一緒なんですけど、何ていうんですかね、オカルトマニア? それで自分でも見えるなんて言ってるんですけど、そのサカタがねぇ、A病院の近くは気分が悪くなるって、まじでやばいなんて言うんですよね。ほんと、先輩がいない間はサカタの言葉ばっかりが頭について、気が気じゃなかったですよ」

 気が気じゃなかったというのは、他人を心配してだろうか、自分の身を案じてだろうか。彼の場合なら、後者に違いないと思われる。

 先を行くサイコは相変わらず摺り足で歩く。この分だと来年の誕生日にはヒールの踵がすっかり駄目になっていることだろう。

 薄い闇の中、黒服の女と学ラン姿の男子生徒二人が連れ立って歩いている図は、傍から見れば新興宗教の教徒たちが集会に向かうかのようなシュールな光景に映るだろうと想像してみる。実際に、あの病院の醸す空気とこの痩せぎすの魔女のルーツとが重なったことで、何かこの世ではないような……異次元の、人ならざる者、神か魔物の棲家に向かうような心地がした。

 案内人は早足で病院の前を通過する。話通り、裏口でもあるのだろうか。そうは言っても、外界から見て周りを囲む高い塀が途切れるのは正門だけのはずである。

 正門から歩いて数分と離れない場所、10メートル程の深さの堀になっている広い空き地がある。それはそれで異様ではあるのだが、すぐ傍の病院の不気味さに隠れてあまり気にされることのない場所である。

 道路からの落下防止用に柵があり、斜めから見ると絵が浮いて見えるように塗装がされている。運動場から道路まではコンクリート造りの壁になっていて、一ヶ所に下の空き地に降りるための些か急な石階段があり、四方を囲む柵はそこだけが開くように金属扉になっている。

 天候災害時の貯水設備か何かかと勝手に思っていたが、今日初めてその存在を知ったささやかな看板によると、どうやら公営の運動場らしい。言われてみると確かにサッカーコート一面ほどの広さではあるが、この場所で運動している人間など見たことがない。それならば近隣の不良少年の決闘場とでも言われた方がまだ似つかわしく思われる。

 サイコは階段に続く扉の前で足を止めた。どうやらここが『裏口』らしい。扉は金属板の枠があるだけで、枠の内側は縦に金属棒がいくつか通ってる程度の簡素なものだ。その金属棒の隙間に細い腕を通し、慣れた手つきで内側の鍵を開ける。扉は音もなく開いたがどこか歪んでいるらしく、手前に引くと両脇の支えがなくなったからだろう、斜めに傾いた。

「こちらへ」

 サイコに言われて先に石階段を降りる。サイコは扉の鍵を掛け直してから降りてきた。慣れないらしいヒール靴のせいもあるのか、急な階段を降りる彼女は見ているだけで危なっかしい。

「で、ここからは」

 後輩がサイコに訊ねると、外歩道下に位置する丸い扉を指差して見せる。直径は腰の高さ程度だ。日常的に近くを歩いていても上の歩道からは死角となり、なかなか目に止まらない。

 サイコは扉の取っ手に手を掛けて力を込めて押し下げる。ギギギと鈍い金属音と共に重たそうにその扉を開く。

 中は真っ暗闇だった。背後で後輩が、ヒィと息を吐いたのが聞こえた。


 ピチャリ、踏み入れた自分の足が発する音に一瞬ぎくりとする。中は水捌けが悪いらしい、足元が水溜まりになっている。すぐ後にバシャバシャという大袈裟な音と共に響いた叫び声で緊張の糸は切れたのだが。

 サイコはそれにも動じず、音も出さずに狭い通路を先を進む。暗闇の中で唯一の案内人を見失いたくない、その思いで自分も歩を進める。進んで行くと幾つか曲がり角や分岐路があるが、サイコは迷う様子もなく淡々と進んでいく。灯りもないのに。

 中腰で壁に手を着けながら進むと、所々穴があるらしいことが分かる。床以外はわずかに湿気を感じる程度だが、元々は排水路だったのかもしれないと思わされる。

 暫くそうして進むと、突き当りに行き当たった。

 突き当りには黒色の梯子が掛かっており、先導するサイコが登り始めた。

「良いというまで下で待っていて下さい」

 言われるがままに待っていると、上方で金属音らしい何かが外される音がする。見上げるとすっかり暗くなった円形の空が見えた。

「どうぞ」

 先導するサイコがその穴を通り抜けて声を掛けてきたので自分たちも続いて梯子を登り、じめじめとした通路から再び外界へと抜け出ることが出来た。出来る事ならもう二度と通りたくない通路だが、話によればサイコは毎日のようにここを通って外に出ているのだろう。

 抜け出して分かったことだが、出入り口はマンホールだった。どうやら排水路を通ってきたらしい。道理で湿っぽいはずだ。

「で、ここは?」

 制服をハンカチで拭い拭い後輩が訊く。

「既にA病院の敷地内です。ここは裏庭」

 裏庭なんてあったのか。朽ち果てている割に敷地は馬鹿でかいだけのことはある。裏庭とはいっても苔だらけの、やはり手入れされている様子は感じられない光景である。

 サイコはカーディガンに差していたらしいペンライトを取り出すと、上階に向かって光を振り始める。それから口も利かずに手振りの動作だけで案内を再開した。

 一つの扉の前に立つと、数分程度か、扉の向こうから三度ノックがなされた。

 呼応してサイコも三度扉を叩くと、ゆっくりとそれは開かれた。

 A病院の入り口が。

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