psycho5

「物資調達は僕がするので心配しないでください」

「悪いな。家には警察が行ってるだろうし、どうやら俺もここで寝起きするしかなさそうだ」

「サイコさんを一人にしないで済むのでそこは安心ですけどね」

「文也が出たままならそれもいいんだけれどな」

「人格交代は雅の意思であって、僕の自由というわけにはいかないのだけれども。ああ、やはり人格交代自体は雅が決めているらしい。雅が行けと言って出されたから」

「人格のサイコは館には居ないんだよな? 他の人格に会ったこともないって言うし、他の人格が出ている時は何処にいるんだろうな」

「寝てる……とか?」

「お前はいちいち呑気だな。少し救われるが」


 やいやいやっていると、部屋の扉が叩かれ、一同に緊張が走った。

「僕だよ」

 訪問者は雅の担当医である。胸をなでおろした三人はアパートの扉を開けた。

「こんにちは。今、文也が出ています。それで、人格が四人統合したらしいのです」

 説明すると、医者は興味深そうに顎に手を当てた。

「文也くん?」

「あ、はい。文也です」

「初めましてだね。雅ちゃんの中が館になっていると言ったのは君なんだってね」

「はい。詳細もお伝えできます」

「ああ、頼むよ。話せる人格は久し振りだからね。君の残してくれたメモを見るに、僕が話をしたことのある人格はもう残っていないようだったけれど。それから、四人も統合したのは何故だか分かるかい?」

「僕が館内で付けていた日記を雅――ああ、才子の代わりに雅が館に来たのですが――雅に見せたことが原因だと思います。館内での生活や他の人格についての記述や、才子から聞いた雅の過去に関する話と、外に出た時に彼らに聞いた話なども書き残しておきました」

「うん。やはり君は記録人格のようだね」

「記録人格って何ですか?」

 高校生のうち、後輩の方が訊く。

「ううん、まぁ、簡単に言えば他の人格について把握していて外部にその情報をもたらしてくれる人格のことだね」

「なるほど。文也以外にはそうした人格は居なかったんですか?」

「過去には居たけれどね。僕が話をできるのは大抵そうした記録人格であることが多かったというのもある。けれど、役割が被ることは少ないから、次の人格が現れたらそちらに統合されるのだろうね。雅ちゃんの場合、人格の入れ代わるサイクルがかなり早く、数も多い。把握するだけでも一苦労だよ」

 高校生に説明すると、医者は再び文也の方へと向き直った。

「それで、雅ちゃんに記録を見せたら何て言ってた?」

「言葉は交わせていません。ただメモ書きで、『才子以外は要らない』『もう外に出るつもりもない』と書いて寄越しました」

「うん。やはりまだ抱えきれなかったようだね。心理的引きこもりの状態だ」

「雅に外に出るよう言った方がいいのでしょうか」

「いや、今のままでいいだろう。雅ちゃんを中に残したまま、サイコに雅ちゃんとして生活してもらう。これが最善策だと僕は思う」

「主人格を交代するということですか?」

「治療上、やむを得ず行うことがある。雅ちゃんの場合、親御さん――お母さんだね――も、昔のことは思い出させたくないということだったんだ。それがもう思い出してしまったからには、雅ちゃんを内側に閉じ込めておく外ない。外に出たらどうなるか分からないからね。常に恐怖が付きまとう状態になるのは疑いようがない。その時はまた別にPTSDに対しての治療を行うことになるのだけれど。可哀相だけれど、サイコはともかく、今の雅ちゃんにまともな社会生活が送れるとは僕には思えない」

「実際に雅の人格に触れてみて、僕も、そう思います」

「あとは」

「性的虐待の手から彼女を逃がすことだね。誘拐は一時的な処置でしかない。永続的にA病院から離れさせなければいけない。君たちが行動してくれたことで僕にも踏ん切りがついたよ。雅ちゃんは、僕の患者だ。危険を冒してでも僕が守らなければいけない」

「この場所を警察に伝えるっていうことですか?」

「まだそれはしない。悪手でしかない。雅ちゃんかサイコに性的虐待の事実を伝えてもらうことを確約する方が先だ。君たちの法的な安全も可能な範囲で確保しておかなければ。君たちのことはどこまで擁護できるのか僕にも分からないけれどね」

 医者は、時間だ、また。と言って去って行った。高校生の後輩の方も昼休みが過ぎて学校へと戻っていく。

 残された二人は今後について話し合うことにした。

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