psycho4

 文也が目を覚ますと、昏倒したサイコを心配そうに見つめる男子高校生と目が合った。乗り掛かり、顔が近い。

「……疑うわけじゃないが、何かしようとしてなかったか?」

「してない。急に倒れたから心配になっただけだ。抱き起そうかと……と、誰だ? サイコじゃないな」

「僕だ、文也」

「文也か。良かった、消えてなかったんだな。中はどうなってる?」

「それが、人格が複数『消えた』。一度に四人だ」

「四人? 何があった?」

「記録を付けてるって言ったよな。それを雅に見せた。……ああ、雅が館に来たんだ。雅が、というか見た目は才子なんだけども、中身が雅らしい。それで、雅はもう外に出る気もないし中にも才子以外は要らないと。それを外に伝えるようにと言って僕が出された」

「急転直下だな」

「うん。そっちは?」

「雅の担当医と繋がった。ここにも連れてきた。拘束帯の件をリークしたのは担当医らしい」

「母親じゃなくて、か?」

「母親は娘の治療を人質に取られてるようなものなのだろうな。身動きが取れないんだろう。サイコの話を聞いているとどうもそのような気がする」

 二人が近況を伝え合うと、文也は室内に満ちる香りに気が付いた。

「珈琲、飲んでたのか?」

「ああ、サイコも好きだって言ってたんだが、実は飲めなかったらしい」

「ああ。それでか」

 文也は納得が行ったように手を打った。

「『Gさん』という人格が珈琲好きだったらしい。他は雅の言った理由――記憶を取り戻したことなんかで話が通るんだけれども、『Gさん』が『消えた』理由は分からなかったんだ。でも、平穏を愛する人格だったらしいから、病院から出たことで雅、いや、サイコか? どっちだろうな、厳密には分からないが、ともかく平穏を得られたということなんだろうな」

「そうか。攫ってきた意味はあったんだな」

 男子高校生は、自分のしたことに意味を見出したようだった。それまで彼の中にも不安があったのだろう。サイコを連れ出したことで悪影響しかなく、自分たちが単なる誘拐犯でしかない可能性を危惧していた。それが、サイコにとって好影響をもたらしたことが人格の統合によって証明されたのだ。ある種、皮肉なことではあるが。

「医者は来ないのか?」

「暇を見て顔を出すとは言っていた。後輩も昼休みには来るだろうな。何でも、一昨日俺が警備員に声を掛けたことで顔が割れていて疑われているらしい。疑われているも何も実際誘拐してるんだけどな。それで、高校の方にも捜査の手が回ると雅の担当医が教えてくれた。捜査状況は後輩が何らかの情報を持ってきてくれるだろう」

「昼休みか……今の時間は?」

「11時45分。もうすぐだな。文也が居るうちに医者も来るといいんだが。珈琲、飲むか?」

「いただこうかな」


 サイコが飲めなかったのが嘘のように文也は珈琲を飲み、こんな味だったのか、苦いなといった感想を漏らした。館内で珈琲を飲んだことはあるが味覚はなかったので、彼が味わうことになる初めての一杯だった。

 そうこうしているうちに時間は経ち、後輩がやってきた。

「もう大変な騒ぎですよ」

「こっちもな、今は文也だ」

「あ、一昨日はどうも。消えずに済んだんですね」

「幸運にもまだ必要とされているらしくて」

「ああ、それでですね。警察が警備員を引き連れて全クラスを回って顔の確認と聞き込みとをして、もう高校中知るところになってますね。サカタなんかはほら見ろ神隠しだなんて騒いでましたけど」

「ああ、クラスにオカルトマニアがいるんだったか」

「そうなんですよねぇ。神隠しで済めばいいんですけど。たぶん休んでいる人は生徒手帳の写真まで洗っているでしょうから、先輩は特定済みでしょうね」

「まぁ、そうなるよな」

 高校生は派手に溜息を吐いた。どうやら家にも帰れそうにない。

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