psycho8

「終わったか? 会えたのか?」

 高校生が訊ねる。

「会えたよ。ありがとう。部屋だけが隔離されてると言っていた。でも、きっと館に戻れると思う」

「……だといいけどな」

 沈黙が荒廃した室内を包み込む。

「お前、今日が最後だろう」

「うん、たぶん消える。自分で分かるものだな」

「眠ったら最期か」

「でも身体をサイコか雅に返さないとね」

「いいのか」

「最期に才子に会えたから、もう思い残すことは無い。僕は幸せな方だったと思う。つらい記憶も背負わされずに済んだし、才子に出会えたし、消える直前に話も出来た」

「満足か、そうか」

 高校生は複雑そうな表情を浮かべた。

「俺はまだ物足りないけれども。お前と話し足りない」

「それは光栄だな」

「冗談じゃなくて本気で」

「ふ……ありがとう」

 文也は至極穏やかに笑って見せた。今日死ぬと決まっている人は、どうやってこうした表情が出来るだろう。諦めも付くからだろうか。逃れられない運命だからだろうか。

「『消える』って言ったって、雅の一部に戻るっていうことだろう? 雅が表に出てきたらさ、間接的にまた会えるってことじゃないか?」

「能天気だな、お前」

「そうかな? 人格になってみればこの感覚が分かるさ。それで、頼みがあるんだけど、雅が表に出てくることがあったら、友達になってやってほしい」

「端からそのつもりだ」

「それを聞いて安心した」

 二人は顔を見合わせる。まるで長い間、共に戦った戦友のようだった。


 夜が更け、寝床に入る。穴だらけのアパートではランプに虫が群がってくる。決して寝心地がいいとは言えなかった。

「サイコはこんな場所で二晩過ごしたんだな。それなのに病院より寝心地がいいなんて言うんだ」

「そうか……。夜も誰かしら来ていたのかな」

「かもしれない。訊けなかった」

「無理もないさ」

 沈黙。眠ればもう会えないだろうとお互いに確信している。

「何か話せ」

「眠ったら駄目かな」

「眠ったら終わりだろう」

「でも雅の身体なんだ、これ。労ってやらないと」

「それはそうだけれども」

「寂しがってくれているのか」

「馬鹿言え」

「素直になれって」

 高校生は寝返りを打って文也に背を向けた。別れというのは昔から得意ではない。背中がむず痒くなる。卒業式なんかは女子が泣いているのを見て何か冷ややかな気持ちにさえなったものだが、今日のこれは込み上げるものがあった。

 文也には随分苦労を掛けたと思う。嫌な役もさせてしまった。サイコを連れ出したのもそうだし、雅に記録を見せたのもそうだ。最終的にはそれらも文也自身の判断だったとはいえ、後味がいいものではないだろう。それなのに心残りは無いなどと言う。

 実際にそうなのかもしれないし、文也の人格にはそうした観念が欠けているのかもしれない。

 しかし、人格とはいえ、一人の人間として見た時、彼はやはり立派だったと思うのだ。

「文也」

 背を向けたまま語りだす。

「ありがとうな、色々。お前が居なければこうはなってなかった。全部が解決に向かっていると思う。記録してくれていて助かった。出てきてくれて助かった。話してくれて助かった。ここまでついて来てくれて助かった。感謝の言葉しか出ない」

 言葉は室内に空しく響いた。返事は無かった。

「文也?」

 高校生は起き上がり、薄明りの中で気付く――眠っている文也の姿に。



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