才子4

「なぁ、サイコ」

「何よ? また質問? どうぞ」

 僕は今日の朝食について才子に訊ねることにした。なんだって揃いも揃ってああも偏食なのか。ただし吉田さんは除く。

「ここの人たちはみんな自分の好きなものしか食べないのか?」

「ああ。そうね、そうなってもくるでしょう。文也も気付いただろうけど、みんな食べているもの以外は味はしないのよ。ただ、吉田さんは好き嫌いなく何でも食べてるけど、味がしているのかどうかは不明ね」

 そうか。吉田さんだってバランス栄養食を心がけているだけで味覚があるのかどうかは分からない。僕の場合はごくごく平凡な和朝食で味覚を覚えたのだけれども。

「質問はそれだけ?」

「ああ、あと悟の事。あいつ何も食べてないだろう。大丈夫なのか?」

「知らないけど、生命活動は維持してるから大丈夫なんじゃないかしら。そもそもここでは食事の必要はそれ程ないのよね。日課として各々行っているだけよ。それに何も食べないで過ごすのも時間ばかりあって退屈じゃないの」

 どういうことだ? 食べなくても平気だという悟の言葉を思い返す。

「日課として食べてるだけなのか」

「まぁ、そうね。娯楽も兼ねて、ね」

「他に何かすることはないのか? 仕事とか学校とか」

「条件付きでしか外に出られないのに何を言ってるのよ、あなた。まぁ、満咲や吉田さんあたりには勉学も必要だろうけど、吉田さんに関しては自分で好きな本を取り寄せて好きに勉強してるわ。満咲は遊んでばっかりで心配にはなるけど、ここにいる限りは大きな問題にはならないわね」

 そうか? 聞いているだけで満咲ちゃんの将来がものすごく不安になるのだが。満咲ちゃんはいつか外に出て生活することになるのではなかろうか。その時になってえらく困った事態に陥らなければいいのだが。やはり不安だ。

「瑠璃子は」

「瑠璃子は外にいても学校なんか行かないでしょう。ここにいる人間の中では特に物欲があるから仕事はするかもしれないけどね。あの子の趣味と適性から言えばキャバクラかアパレル店員か美容関係のどれかでしょうね」

 まぁ、異論はない。瑠璃子は第一印象から今に至るまで見ているだけでもそんな感じだ。そういえば瑠璃子とはまだほとんど口を利いていない。いつも神経質そうに爪を噛んだり、落ち着きなく髪を触ってばかりいる。見た目の派手さとそうした行動にとっつきにくさを覚えさせられる。

 しかし外に出ていることがあるのだとしたら話してみたいな。どうやって出ているのか。才子は外には出ないらしいから長といえども才子からは聞けない話だ。

「瑠璃子と話してみるよ。時間ばかりあって退屈だからな」

 先に才子が零したぼやきそのまま繰り返すと、彼女は、はぁと呆れたように溜息を吐いた。


 一室の扉の前、『瑠璃子』というネームプレートをじっと見つめる。女性の部屋を訪ねるのは緊張するものがあるな。

 控えめにノックをする。返事はない。今度は少し強く。すると返事もなく扉だけが突然開かれて額にぶつかった。

「痛って……」

「ああ、あんた新入り。わざわざ何、何か用?」

 腰に片手を当てていかにも面倒というオーラを醸しながらの素っ気ない塩対応に、額の痛みも伴って涙が出そうになる。しかしここで負けてはいけない。なんとか社交上の笑顔を作り出す。

「いや、こっちが突然訪ねて悪かった。瑠璃子と話してみたいと思ってさ。外のことについて」

「はぁ? なんであたしなわけ? 他にも外に出てるのは居るでしょ。出たことないのって才子とジジイくらいのもんじゃないの。才子は拒否してるからだけどさ、ジジイはなんでなんだろうね。本人は自分が外に嫌われてるとか言ってるけど、別に外があたしらを拒むっていうこともないでしょ」

 話し出すと饒舌らしい。早口で捲し立てられて少し気遅れする。

「いや、瑠璃子とまともに話してなかったしさ。話題として、僕も気になることだから」

「あっ、そう。ねぇ、立って話すのだるいから中入れば? どうせ暇だし、いいよ。話くらい付き合ってあげる。余計退屈だったらサイアクだけど」

 妙に上から目線だし口も悪い。見た目と中身にギャップというものが一切ない。思えばここの住人はみんなそうではあるのだが。何か記号めいたものすら感じる。

 どちらにしろ外と瑠璃子に関して情報は欲しいし、ここは甘えて室内にお邪魔することにした。まぁ、この時は間違いも起きないだろうと思ったのだ、が。






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