才子9

 夕食を終える。満咲ちゃんが「誰か来た」と廊下を駆けて行った。

「今回は補充が随分早いのね。不安定の証拠かしら」

 才子が訳知り顔で言う。才子はこんなことを何度も繰り返してきたのだろう。誰かが消え、誰かが増え……。

 暫くすると広間の扉が開き、満咲ちゃんが長身の男を連れて入ってくる。こりゃ餌食だな。男前の新入りを見て思うと同時、瑠璃子の舌なめずりが聞こえて来そうだった。僕と悟の負担が軽くなるなら喜ばしいことだが、頑張れ青年よ。

 新入りは何やら才子と話をしている。この館についての的を射ない説明を受けている真っ最中なのだろう。端正な顔立ちに困惑の色が窺える。

「これはまたえらい男前の登場じゃのう」

「そだね。ああ、ワクワクしちゃう。どんなのするのかしら」

「瑠璃子はほどほどにしとけ」

 思わず釘を刺す。

「悟とあんたはお役御免ね。あたし、あいつとやりたいもん」

「それは願ったり叶ったりだ」

 このたった数日で周囲とも奇妙に打ち解けてきた。いい傾向だ。こうして心を許し合えば館脱出の協力にも転じてくれることだろう。僕一人では到底敵いそうもないからな。

「……人員が増えるのは良い傾向とは言い難いな」

 隅に居た悟がぽつりと呟く。

「どうしてだ?」

 こっちにしたら協力者になりうる人材は多いに越したことはないのだが。

「『上位存在』が荒れてる証拠」

「『消える』のも上位存在次第ならば『増える』のも上位存在次第というわけか」

「……そう」

 既存組でそんな会話をしていると、才子が新入りと満咲ちゃんを引き連れてこちらに向かってくる。

「紹介するわ。今日来た子。名前はステファンだそうよ」

 何故に横文字? ツッコんだら負けなのだろうか。

「ステファンだ、どうぞよろしく頼む」

「あ、ああ。文也です。名前とか記憶があるのか?」

「いや、名前だけしか……それに頭痛が酷い」

 名前だけでも憶えているだけ大したものだが、明らかに偽名なのではないかと思う。どこからどう見ても日本人だ。ツッコんだら負けなのだろうか。

「あ、俺のことはスティーブと呼んでくれ」

 そこは大した問題じゃない。

「ヨロシク~、スティーブ」

 瑠璃子の語尾にハートが飛んでいる。

「ジョージじゃよ」

 そういえばGさんも横文字と言えば横文字だな。

「あっちの隅に居るのが悟よ」

 才子が紹介する。悟は自己紹介などしないらしい。

「変だな、もう一人居なかったか?」

 スティーブの一言に空気が凍り付く。居たのは居た。しかし何故来る前の館内を知っているんだ?

「ああ、勘違いならいいんだ、気にしないでほしい」

「いや、居た。昨日まで、『吉田さん』という女性がいたらしい」

「……やはりか。俺は彼女の代わりという事か?それとも……」

 スティーブは考え込む。才子は怪訝な顔をして

「あなたたち何故覚えてるの?」

「ああ、僕は日記に記録していたから」

「俺は、何故だろう。ほら、本を読む聡明そうな女性だろう?」

 書いてあった『吉田さん』の特徴と合致する。スティーブは既にここの事を知っていた……?

「……はぁ。まあいいわ。珍しいこともあるものね。でも今までこうした人間が居なかったわけでもないし、イレギュラーではあるけれど」

 才子が溜息を吐く。

「何、吉田って? 女?」

「瑠璃子はヨッシーって呼んでたみたいだよ」

「ええ? 何それ、あたしそんな奴知らないよ。なんっかきもいなぁ。それよりスティーブさぁ、あたしの部屋においでよ」

「いや、今日は休ませてやれ」

「何よケチ」

「ケチで結構。疲れてるだろう」

「ああ、恩に着るよ。瑠璃子はまた今度な」

 瑠璃子が何の目的で誘っているのかもスティーブは理解している様子だった。何故だ?

 この館内は外からは監視可能だということだろうか。まさか、テレビ番組の企画か何かなのか? それにしたって人間の記憶を故意に消すことなど可能なのだろうか。


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