サイコ18
近所には取り壊しを待つ廃病院がある。廃墟マニアに荒らされて、そこかしこのガラスが割られている。大きな病棟群はかつての隆盛を思わせたが、それももう過去のものだった。
表沙汰にはならなかったが、数年前に病院関係者が大量に逮捕された。罪状は一般には明かされていない。ただ、元々機能しているのかどうかすら不明だった古い病院が潰れた、という事実だけが残った。
病院の取り壊しと共に、向かいの廃屋も自治体の手が入り、取り壊されて今では美容院やコンビニが建っている。かつて暗く陰気な道だったことを思い出せる人の方が少ないのかもしれない。
自分はこの場所に立つと、秘密基地みたいだと言って笑った日々を思い出す。そう、この場所にあった廃アパートを数日間、秘密基地にしていた。高校生にもなって、である。
それには色んな事情があったのだけれども、話すと少し長くなるな。たった数日間の出来事なのに、随分と長く感じられた。誰かに話すとしたら一晩じゃ足りないかもしれない。
自分たちの手で一人の少女を救い出したちょっとした武勇伝だ。一瞬、騒ぎにはなったけれども、人の噂は何とやらで、すぐに話はあらぬ方向に向かっていつの間にか七不思議のような内容に変貌していた。
救った女の子がどうしているかというと、女子大生をしている。
失った青春を謳歌するように花開いている。それだけで、自分たちのやったことに価値はあったのだと信じられる。
彼女は元々の人格であった雅として生きてはいるが、実際には副人格のサイコである。黒い服はもう着ていない。ハイヒールでの歩き方は上達しているのだが。一見、ごく普通の女の子なのだ。そしてそれが、自分たち周囲の人間が望んでいた姿だった。
サイコはよくやってくれた。同情の余り、誘拐までしてしまったのだが、サイコがA病院で受けた扱いと自分に対する陳情を述べたことで、逮捕や補導には至らず、厳重注意を受けるに留まった。自分の母親からは平手打ちを食らったが、その後で讃えられたのだから奇妙なものだ。
雅の担当医は勤務先を変え、今もサイコの診察をしている。当面、雅を表に出すことはないそうだ。それには長期的な計画が必要なのだという。
東京の大学から久し振りに帰った故郷で、嘗ての後輩と酒を飲み交わす約束をしている。
何度かそうして会ってはいるのだが、決まって話題はあの怒涛の数日間に凝縮されてしまう。黒服の女と連れ立って歩いた、まだお互いに学生服を着込んでいたあの日々に。
今はもういない、黒い服のサイコに。
黒い服のサイコ 櫻田ミリ @koisurusakana
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