雅3

 いくら館内を歩いていてみても、幽霊のような人格の抜け殻の群れに出会うばかりで、才子には会えなかった。

 この人型の煙の数だけ人格が存在していたのかと思うと少し恐ろしい。私はいくつに分裂していたのだろうか。引き裂かれるようにして、自分を守ろうとして。

 才子に会えないことにがっかりしながら部屋に戻る。

「おかえりなさい」

 聞き慣れた声がする。

 ソファの上に掛けていたのは、黒い服の才子だった。

「どこ、行ってたの」

「部屋ごと隔離されていたのだわ、きっとね」

「でも、この部屋は何日か前から私が使っていたのに」

「部屋って言っても意識内の物でしょう? あなたの意識の中で『私の部屋』が隔離されてたのだと思うの。文也に会ったわ。雅によろしくって、嫌な思いをさせて悪かったって言ってたわ」

「文也って?」

「文也っていうのはね……」


 それから才子の長い長い話が始まった。ここに居た人格たちの話。知らずにいたけれどそれぞれに私を守ってくれていたこと。次々に消えて行くのを人格たちが忘れる中で、ただ一人才子だけは全員分の記憶を持っていること。

「私のことをあなたに話すのって、変な感じだわ」

「いい。聞きたい」

「分かってくれる?」

「分かってくれた分だけ返す」

「そうしたら、全部になっちゃうじゃない。私は雅のことなら全部分かっているんだもの」


 良かった。才子だ。才子さえいればいい。今はまだ。私はまだ外には出られない。

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