才子7
自室に戻ると、ふらふらとベッドになだれ込む。
『上位存在』からの制限により、才子からその存在について聞き出すには限界がある。自分で探っていくしかない。それにしても何と気持ちの悪い話だろう。
才子の最後の言葉が木霊する。「『消える』までは」。
この言葉が僕の不安を駆り立てた。才子はここで最長の滞在者で、何人も消えて行った者を見ているはずだ。そして何らかの傾向があったとして、僕はその消えた者たちの傾向に合致するのではないだろうか。
瑠璃子は『欲望』だから消えないのだと悟は言っていた。悟が消えないのは『上位存在』から必要とされているから。才子は、長として、『上位存在』の駒として存在し続けるのだろう。満咲ちゃんが二番目に長いというのも気になる。吉田さんやGさんが消えるということはないのだろうか。それと、僕は?僕は消えてしまわないのだろうか。
外に出る前に消えたりしたら元も子もない。『消える』前に脱出方法を探さなければ。しかし脱出するにしても物品の調達は才子を通さなければいけない。まずは才子に気に入られなければどん詰まりのような気がした。
日記帳を開くと、今日あったことの記録を始める。食事について、瑠璃子の話、瑠璃子に犯されたこと、悟の話、才子の話、『上位存在』……。
書き終わって一息つくと部屋の扉がノックされた。
「ふみゃ、ごはん」
満咲ちゃんが呼びに来てくれたのだった。
広間に向かう道中、満咲ちゃんにも話を聞いてみることにした。この子が何をどの程度理解しているかは分からないけれど。
「満咲ちゃんは才子の次にここに来たんだよね」
「んー、そう。でもね、前にも誰かいたみたい。満咲は知らないけど」
「そっか……。その人は消えちゃったのかな。満咲ちゃんはみんな消えちゃうのを見てきたのかな」
「うん。仲良くしても消えちゃうんだよね」
至極あっさりという。理解できていないのか、感受性豊かなはずのこの年齢の子供でさえ感慨もないような現象なのか、どちらか判断が付かなかった。
「満咲ちゃんは、みんなが消えても悲しくないの?」
「うーん、慣れちゃったかな。最初はびっくりしたけどね、そのうち忘れちゃうから、誰かが居て仲良くしてたことは覚えてるんだけど、どんな人だったか次の日には忘れちゃうの。だから悲しくないよ」
忘れる? たった一日で?
そうした話をしていると広間に着く。みんなもうそれぞれの食事を始めていた。
あと話をしてないのは……吉田さんか。
この人はこの人でとっつきにくい。悟程ではないけれど人を寄せ付けないオーラがあるんだよな。
「吉田さん」
「何」
「隣で食べてもいいですか」
何故か丁寧語になってしまう。
「邪魔をしないのなら」
「ありがとうございます」
最低限の会話しかしない。こちらも寡黙になってしまう。ひとまず当たり障りのない話をしておこう。
「ここのみんなは偏食ですけど、吉田さんはしっかり食べますよね」
「栄養摂取は基本」
「周りがおかしいとも言えますけど。あの、味ってするんですか?」
「する」
どうやら吉田さんは何を食べても味がするらしい。それが普通なのだろうが、ここでは稀有な存在だ。というか、返答が短いな。煩わしいと思われていそうだ。
「才子から、吉田さんは独学してるって聞きましたけど、何を勉強してるんですか」
「特に。大学の一般教養程度」
高校生くらいに見えるのだけれど。広く浅く先を行くという方針なのだろうか。
「ここを出たら大学に行くんですか」
「ここを出る?」
「? はい」
「ありえない」
ありえない? 脱出不可能だというのか?
「もしかして吉田さんはここが何なのか知ってるんですか」
「少し考えれば分かること」
僕にはその考えが足りないらしい。吉田さんが賢いだけなのだろうか。
「誰かに聞いたわけではないですよね。才子は口を割らないし、他の人も理解はしていないようですから」
「愚鈍なだけ」
愚鈍か。きついな。何というか、ここの女性陣はみんな性格がきつくないか?満咲ちゃん以外。
「ちなみに、どういう仕組みになってるか聞いてもいいですか?」
「まだ早い。外にも出れないのに」
一蹴された。しかし才子に訊くよりも吉田さんの方がガードは緩そうだ。論理的な推測によって導かれたのだろうから正解とは限らないが、真相に到達する程度には十分賢そうなので期待はできる。
「いつか聞かせてもらうことはことは出来ますか」
「あなたが外に出る頃には」
ここの人間は殊更、段階を気にするらしい。やはり一度は外に出ないといけない。しかしどうやれば外に出られるんだ?ランダムではなく条件ならば、その条件を満たせばいい。
「悟と話してるのを聞いた。悟が上位存在と表現したもの、外に出られるかどうかは彼女の状態で決定される」
「状態?」
「不足しているものが呼び出される」
「呼び出されるって、どういうことですか」
「あなたにはまだ何もないから呼び出されることはない」
これまたきついな。しかし、条件に付いては聞くことが出来た。一歩前進だ。
例えば、『上位存在』が『欲望』に不足していたら瑠璃子が呼び出されるということだろうか。
「そう。案外呑み込みが早い」
おお、褒められた。妙に嬉しいものがある。
「ご馳走様」
吉田さんは食事を終えると両手を合わせた。有益な情報を得られたことに感謝しなければいけない。
「吉田さん、ありがとう」
「いい。気にしないから」
そう言うと彼女はさっさと下膳し、読書の世界に没入していった。
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