第21話 即興劇
組み分けのあと、さらに一年勢でジャンケンを行い、発表順を決める。
結果、明石さん・如月先輩ペア、翡翠・仲田さんペア、最後に僕と先輩が発表することになった。
ちなみに、今回の即興劇では僕や翡翠が初めてであるため、場所と役柄、大まかなストーリーの流れを決めてもいいことになった。
部室の中で三方にちり、僕らはそれぞれ話し合いを始める。
用意された時間は5分だ。
授業時間の5分はかなり長いが、話し合うためにはとても短い。
どのペアも一生懸命に話し合っている様子が見られる。
僕らのペアをのぞいて。
「あの……」
一向に話し合いを始めようとしない朱里先輩に僕は遠慮がちに話しかける。
「どうしたの?」
朱里先輩はそんな僕を青い瞳でまっすぐに見つめる。
「なにか話し合いとかしないのかな、と……」
「必要、ある?」
朱里先輩は不思議そうに首をかしげる。
「そ、そりゃ、ありますよ! 僕、やったことないですもん」
演技をするなんて、不安でいっぱいの心が爆発しそうになる。
「蒼斗君は、したことあるよ」
朱里先輩はこともなげに言った。
「え?」
「もう、忘れちゃったの?」
朱里先輩が僕の首筋に触れてくる。そうされると、不思議と気分が落ち着いた。
そして、昨日告白した直前の出来事が鮮明に思い出される。
「ああ、あれって」
昨日、言葉のキャッチボールのように演じたあの月の物語。
あれが即興劇と同じものであることに僕は気づく。
「そう、あれもインプロ。初めてなのに、君はうまかった。だから、大丈夫」
朱里先輩はそう言いながら微笑む。
「それに、私がついてる。任せて」
小さく胸を張って言う朱里先輩。その姿はとても頼もしく見えた。
ピピピピピピピ
部室の中央に置かれた仲田さんの携帯が時間を告げる。
「時間ね、それじゃあ。柚子先輩とれもんちゃんのペアから行きましょう」
仲田さんが進行していく。彼女の言葉に従って、二人は舞台へと上がった。
「いや、こんなかわいい女の子と一緒にできるなんて、俺も嬉しいよ」
さらりと言う如月先輩に隣の明石さんが真っ赤になっている。
そんな如月先輩に一瞬、仲田さんは呆れ顔になるが、すぐに表情を戻して進行する。
「それじゃあ、いくよ。さん、に、いち」
ゼロのタイミングで仲田さんが手を叩く。
その瞬間から舞台の中の雰囲気が変わる。
先ほどまで顔を真っ赤にしていた明石さんが、憂いを帯びた表情をしている。
「なぜ、なんですか?」
明石さんが問いかける。
「なぜ、そんなことを言うんですか!」
繰り返す彼女の姿は、憂いを帯びてると同時にとても苦しく、さらには凛々しい。二人の背景には戦場が見えた。
「すまない。だが、この作戦を成功させるためには、私が残らなくてはならない」
如月先輩からも、普段の優しそうな雰囲気は消えていた。その顔は、部下に苦し気に想いを告げる上官そのものだ。
「でしたら、私が残ります! 如月隊長は今後の作戦指揮に必要なお方。今、わが隊から失うわけには……」
「敵が要求してきたのは私の命。ほかの誰でもない私が残らなくては、奇襲すらままならないだろう」
明石さんが胸の前で悔しそうにこぶしを握る。
「そんな、私には何も出来ないというのですか。私には……」
如月先輩が明石さんの方に手を置く。
「君には、この隊で私の代わりをしていてほしい。私は必ず君たちの下へと戻る。私は、絶対に生き延びて見せる」
明石さんの目に涙が浮かぶ。
「わかりました、隊長。絶対ですよ」
「ああ、だからこそ。今は引いてくれ。私を残して、全軍撤退するんだ」
「はい……どうかご無事で。全軍引けー!!」
明石さんは舞台上の空間に涙を散らしながら退場する。
そして、舞台上には如月先輩のみが残った。
物悲しい雰囲気が舞台を包む……と思った瞬間、舞台上の雰囲気がさらにくるりと変わった。
如月先輩が笑い出したのである。
「はははは、なんておかしいんだ」
狂ったように笑う彼からは狂気が感じられる。観客である僕らの背中がぞわりとする。よくないことが起こる。そんな予感のような……。
「あのくずども、俺がスパイだと最後まで気付かなかった。さてと、報告に戻るか。敵の情報はたっぷりと手に入れた。あいつらを根絶やしにしてやる」
不気味に笑いながら、セリフを吐き出すと、如月先輩は明石さんが消えていったのとは別の方向に退場する。
如月先輩が舞台から消えると、観客席に降りていた緊張の糸が取り払われた。
「おつかれさまー」
拍手をしながら言う、仲田さん。それにつられて僕や翡翠も拍手をする。
「もう、びっくりしましたよ。柚子先輩」
明石さんが口を尖らせながら舞台そでから登場する。
「感動もので、終わらせるはずじゃなかったんですか?」
その言葉で、如月先輩もステージ上に再び現れる。さっきのは、別の人間だったんじゃないかというように、優し気な雰囲気をまとった先輩は、いやぁ……といいながら頭をかく。
「予定調和はつまらないじゃないか。第一、うちの部長がそれじゃ満足しないものでね。どうでした? 部長」
その場にいる全員の視線が朱里先輩に映る。
「なかなか面白かった。明石さん、中学でやっていただけあって、上手。でもたぶん、アドリブ力がまだ足りない。話の広がりが小さい。柚子は、これくらいできて当たり前。私や紫乃より年上だから」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります!」
顔に喜びをにじませながら言う明石さん。
「相変わらず、厳しいな、部長は」
苦い顔をして応答する如月先輩。
「他に講評ある?」
朱里先輩は自分の意見を一通りいい終わると、周囲を見渡す。そして、少し硬い顔をしている仲田さんに声をかけた。
「紫乃はなにか?」
「ん? 私?」
仲田さんの声が裏返る。
「そう」
朱里先輩がうなずくと、仲田さんは堅い笑顔を浮かべて応答した。
「ごめん、ちょっと緊張しちゃって」
仲田さんの近くを見ると、翡翠もつられて少し緊張しているようだった。僕は、翡翠の助けになるべく、何か話しかけようと懸命に考えるが何も出てこなかった。
いつも助けてもらうのだから、こういう時ぐらい、何かしないと……友達としてどうなんだ。
「大丈夫」
僕が自己嫌悪に陥っていると、朱里先輩がその場にいる全員を安心させるような優しい声を出した。
「これは、練習でもあり本番でもある。だからこそ緊張する。でも、その緊張を楽しんで。演じることは、劇は、楽しいものだよ」
すーっと、二人から緊張が抜けていくのが見えた気がした。
二人が舞台へとのぼる。
今日、二つ目の即興劇が幕をあげようとしていた。
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