第9話 告白

「全く、なんであんな唐突に告白なんてしたんだよ」


 廊下を歩きながら翡翠が言う。

 俺の告白と朱里先輩の返答の後、俺たちはすぐに演劇部室を後にしていた。仲田さんが今日の所は帰ったらどうかといってきたからだ。彼女は俺が部室を去る直前に耳打ちしてきた。


「朱里のこと、本当によく考えてね」


 俺は心の中で朱里先輩の言葉を反芻した。


『私には忌むべき力がある』


 一見中二病のように聞こえる言葉。中二病とは、自分が特別な力を持っているという幻想や妄想を抱くという一面がある。でも果たして、先輩が中二病であるのか。先輩の言葉がただの妄想であるのか。


 ここは現実だ。

 だけど例えば、先輩の舞台の魔法は本物だ。

 だったら、先輩の忌むべき力とは何なのだろう。

 ……わからない。


「朱里先輩もひどいよな。断る理由に『忌むべき力があるから』なんて、中二病かよって感じ。お前、あんな人と付き合うことにならなくてよかったよ。振られたからって落ち込むなよな!」


「は?」


 翡翠の言葉が引っかかって聞き返す。


「断るってどういうことだ?」


 俺は、ふられてなどいないのにこいつは何を言ってるんだ。俺は多分、きょとんとした顔で翡翠を見つめる。


「どういうって、お前、告白断られただろ」


「考えて、とは言われたけど、断られてないぞ」


「でも、あの言い方……お前を振るための言いわけとしか」


 翡翠のその言葉で俺はやっと理解する。

 翡翠は、朱里先輩のことを何もわかっていない。

 翡翠は舞台の魔法を俺ほど強く感じていない。


「あれはきっと、本当のことなんだよ。朱里先輩は特別な力を持ってるからこそ、俺に警告してくれたんだ」


 今度は翡翠がきょとんとする番だった。


「お前、大丈夫か? 現実主義のお前が特別な力とか……」


 翡翠のその言葉に、俺は反射的に溜め息をつく。


「なあ、翡翠。才能って、特別な力だろ? 才能は人を生かしもするし殺しもする。だからこそそれを忌むべき力と呼ぶのは、おかしくないことじゃないか」


「なるほど」


 翡翠はうーんと考え込む。


「それで、振られてないならお前はどうするの? あの先輩と付き合うの?」


 しばらく考え込んでいた翡翠だったが、結論は出なかったようで話題を転換してきた。


「もちろん。それ以外ないよ」


 翡翠のその問いに俺は即答する。朱里先輩と付き合う以外に今の俺に選択肢はない。きっと、俺にとって人生最大のこのチャンスを逃したら、もう何も起こらないまま平坦な人生を送っていくことになる、そんな確信があるのだ。


「そうかそうか」


 断言した俺に、翡翠は少し哀しそうな顔をした。そして、一瞬、ほんの一瞬だけ普段見せないような厳しい顔をする。


「お前もついにリア充の仲間入りかぁ。置いてきぼりで、俺は悲しいよ」


 翡翠はすぐにいつもの表情に戻りからかってきた。


「置いてきぼりってなんだよ。そんなことないだろ」


 だがそのからかいを受けても、先ほどの翡翠の表情が頭にこびりついて、俺はどうにも楽しい気分になれない俺だった。

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