第10話 カップ麺

「じゃあ、また明日な」


「おう」


 これから吹奏楽部見学に行くという翡翠と別れ、俺は家路につく。

 時刻はお昼を少し回った時間だ。空腹に、学校で食事を摂らなかったことを後悔しながらの帰宅になった。


「おかえりー」


 家に帰ると、ねえちゃんが俺より先に帰ってきていた。ねえちゃん、神崎藍は俺の4つ上の姉で、近所の大学に通っている。これといって特筆すべきことはないような姉だ。兄弟仲は悪くない……と思う。


「今日は早いんだな」


 玄関で靴を脱ぎ、リビングにあがりながら言う。


「うん! 午前授業だったのが、更に休講になった!」


 居間のソファに座っていたねえちゃんはVサインを俺に向けてすると、立ち上がりキッチンへと入っていった。


「何か作るけど食べる?」


「食べる」


 俺はねえちゃんの言葉におとなしくうなずく。お腹がもう限界なのだった。

 だが、ねえちゃんが料理とは珍しい。


「ラーメンとうどんとそばとどれがいいー?」


 ねえちゃんがストックのカップ麺をあさりながら言ってくる。

 手料理は確かに温かみがあるしおいしいが、空腹のこの腹には手早いものの方がありがたい。

なるほど、そういうことかと、俺は納得すると同時に少し身構える。


「じゃあ、うどんで」


「了解!」


 ねえちゃんはキッチンでわいていたお湯を、俺の注文通りのカップうどんに注ぎ込んでいく。そして、なんとはなしに俺に聞いてくる。


「新しい学校はどう?」


 俺は朱里先輩のことを一瞬考えてから、すぐに頭の中で打ち消した。ねえちゃんに話したらからかわれるに決まってる。


「初日からHR遅刻した」


 だから、一番最初の出来事だけ報告する。


「マジで!? あんた割と早い時間に出てったのにあれで遅刻するの?」


 ねえちゃんが声を上げる。ねえちゃんのカップラーメンの上でお湯がぽちゃんとはねた。


「まあ、いろいろあったんだよ」

 

「それって、迷子の子供親に届けたりとか、急病人を助けたりとか?」


 ねえちゃんがからかい口調で言ってくる。


「まあ、そんなとこかな」


 空から女の子が降ってくるのはそれに類する気がして、俺はそう答える。


「そんなとこなんだ」


 ねえちゃんが苦笑しながら返答する。

 そして、俺とねえちゃんは、カップ麺を前にテーブルについた。

 テーブルの横に置かれた卵型のタイマーが残り時間を表示している。

 あと、2分ほどだ。


「これ食べたら私出かけるけど、蒼斗は?」


「俺は家にいるかな」


 ねえちゃんと他愛もない会話を繰り広げながら、俺は集中していた。

 俺たち家族ではカップ麺を食べるときに、暗黙の了解みたいなものがある。

 

 それは、早食いだ。

 

 一番早く食べ終わったものが、一番遅く食べ終わったものに一回だけ、自分の担当の家事を押し付けることが出来るのだ。


 残り30秒。


 残り20秒。


 残り10秒……3、2、1


 ピピピピピピ


「いただきます!」


 俺とねえちゃんは手を合わせて麺をすすり始める。



 数分後。


「ごちそうさま! 蒼斗、夕ご飯の洗い物よろしく」


「……わかった」


 ねえちゃんが先にカップ麺を食べ終わり、今回の戦いでの勝利を収めた。

 勝利したねえちゃんはるんるん口調で立ち上がる。


「いってきます! 今日は晩御飯には帰れないと思うから!」


 ねえちゃんが勢いよく居間から出て行く。

 どうやら自分の食べない分の洗い物を押し付けるために、このカップ麺闘争を仕掛けたらしい。


「やれやれ」


 俺はいそいそと自分のカップ麺の片づけをはじめた。

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