第51話 リハーサル
5月23日 放課後 図書館前
あれから数日が立ち、ついに図書館公演のリハーサルの日がやってきた。
僕の怪我の治りはそこそこ順調で、なんとか間に合いそうなぐらいまで回復した。もう松葉杖なしでも歩いていいと先生からもお墨付きをもらっている。ただ、足の方はまだ包帯でぐるぐる巻きで、今日の診察次第でこれもとってもらえることになっている。
最近の練習では、明石さんも認めるほど僕の演技は上達している、らしい。
これもこの間、朱里が僕の演技を模倣して見せてくれたおかげだ。
「それじゃあ、みんなそろそろリハ始めるよー」
仲田さんの号令で、みんな所定の位置につく。
ちなみに、音響などのスタッフは、図書委員の人たちにお願いしている。うちの演劇部は人数が少ないため、公演ごとにボランティアを募っているらしい。
まあ、これも、朱里に関わる人間を減らすためだったりするのだが、それは公には秘密だ。
僕らは図書館前のスペースに設置された仮設ステージの裏でスタンバイする。
隣には、明石さん、そして如月先輩。
そして、反対側のそでには翡翠と仲田さんがいる。
「時間も、はかる。みんなよろしく」
口々に朱里の言葉に応答するみんな。
「それじゃあ、いくよ。……これより、図書館祭のメインイベント、本校演劇部によるオリジナル劇の公演です。皆さん、最後までお楽しみください」
朱里の言葉とともに、開演のブザーがなり、一冊の本を持った仲田さんが舞台に登場する。
最初のシーンは、彼女のソロ場面からだ。
僕らは、その様子に見入っていた。
だが、僕はふと、後ろの如月先輩の様子がおかしいことに気付く。
彼は、手元の携帯を何度も何度も確認していた。
なにか、時間が気になるのだろうか。
「先輩、リハの間は電源切っておいてくださいよ?」
「ああ、うん」
おなじく彼の挙動不審に気づいたらしい明石さんが指摘するが、当の先輩は生返事。僕はそんな先輩の様子に、あることを懸念する。
妹さんの容態が、悪いんじゃ……。
それならば、絶対に明石さんに知られてはならない。
如月先輩は、舞台に立ってしまえばそう言うものを振り切って演技する覚悟が出来ている。だが、目の前にいる彼女は違う。
仲田さんの演技をルンルンとした楽しそうな目で見ている彼女は、いくら覚悟したとは言え、そう言うものに耐性がないのだ。
舞台は進み、シーンは2つ目に移った。
仲田さんと入れ替わりに、明石さんが舞台上で演技を始める。
ここから先、明石さんは舞台に出っぱなしになる。
僕は彼女が舞台に出た直後、如月先輩に話しかける。
「妹さんですか?」
彼は、体をびくりとふるわせて、僕の顔を見てくる。
「そんなにバレバレだったかな?」
苦笑を浮かべる先輩に、僕はうなずいて返す。
「明石さんに、ばれないようにしてくださいね」
「わかってる」
如月先輩はうなずくと、体に残っていたおどおどとした不安げなオーラを振り払った。
「これでどうかな?」
如月先輩が真っ直ぐ僕を見つめてきた。
僕は先輩を安心させるべく、彼に対して微笑む。
「大丈夫です。それじゃあ、行ってきますね」
ちょうど出番がやってきて、僕は舞台へと一歩踏み出す。
リハーサルとはいえ、観客席には、図書館の関係者の人など、数人の観客がいる。
僕は初めてのことに緊張するが、必死に心を落ち着かせてセリフを自分の言葉にして、舞台上に送り出す。
「なにしてるの?」
びくん、と驚いたように震える明石さん。
「え、えっと」
僕と明石さんはそこから、言葉の、演技のキャッチボールをしていく。
物語が進んでいき、翡翠や、仲田さんが合流してきたが、世界はなんのほころびもなく進んでいった。
「これは、一つの物語。図書館には様々な物語がある。皆さんも、本の世界に浸ってみてはいかがですか?」
仲田さんのそのセリフで、世界が閉じられる。
観客席からは、惜しみない拍手が送られた。
どうやら、図書館関係者の人達に、認められるだけの劇を演じることが出来たらしい。
「いや、良い劇だったよ」
図書館の館長さんが、前に出てきて、僕らの劇を褒めてくれる。
「ありがとうございます」
代表であるところの朱里が返答する。
「明日も、この調子で頼むね」
「はい」
館長さんは機嫌よく去って行く。
僕は、自分の足の包帯のことを言及されるんじゃないかとひやひやしたが、大丈夫だったようだ。
「それじゃあ、部室、戻って。反省会」
「あ、ごめん」
朱里のその言葉に、如月先輩が待ったをかける。
「柚子、どうしたの?」
ちょっと不機嫌そうな朱里。
「いや、バイトが……」
言いにくそうにそう述べる如月先輩に、食って掛かったのはもちろん明石さんだ。
「先輩、明日本番なんですよ? バイトしてる場合ですか!」
「いいよ、バイトも大事」
如月先輩の言葉に、朱里は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその心の中を察したようで、如月先輩にバイトに行くように促す。
本当は、バイトではなく、妹さんのお見舞いなのだろうが。
「ありがとう。明日のバイトをずらしてもらったから、抜けれなかったんだ。みんな、ほんと、ごめん」
如月先輩はそう言って、図書館を後にする。
「もう、朱里先輩は柚子先輩に甘すぎるんです!」
状況をなんとなく察して、押し黙っている僕らの中で、少し鈍感な明石さんだけがぷんすかと怒っていた。
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