第52話 詰問
僕は放課後の部室で明石さんに詰め寄られていた。
「本当に治ってるんでしょうね?」
部室には明石さんと僕の二人のみ、なぜこんな状況になったかと言うと、ことは10分ほど前にさかのぼる。
「それじゃあ、反省、これくらい。柚子の分は、私が、メールで送っとく」
朱里は、目の前のホワイトボードに書かれた数々の反省、改善点を見ながら言った。
「了解です!」
なんだかんだいって、たくさん指摘されたにも関わらず、明石さんは非常に元気いっぱいだ。指摘されるのを喜んでいる節まである。全くどれだけ向上心があるのだ。
「それじゃあ、私、明日のスタッフと、打ち合わせ。みんな、適当に帰ってて」
朱里はそう言って反省会を締めると、自分の鞄を持ち、部室を後にしようとする。
そして、その直前で、僕の横までやってきてささやく。
「包帯、取れますように」
祈りの言葉。
包帯が取れなかったら、こんな不格好な脚で舞台に上がるわけにもいかず、必然的に劇は朱里の代役になる。そうなると、彼女の負担は計り知れない。
ただ多分、彼女は僕の体の方を気遣っていってくれているのだろう。
そう考えると、なんだか力が沸いてきた。
「翡翠、帰ろうぜ」
僕は元気なままで病院に向かおうと翡翠に話しかけると、彼は申し訳なさそうな顔をして首を振る。
「ごめん、今日は生徒会あるんだ。あと30分ぐらいしたら母さん迎えに来て、病院連れてってくれるみたいだから、玄関で待ってて」
「あ、そっか、悪いな」
どうやら今日は裏の顔がAKである生徒会で何か用事があるらしい。まあ、朱里が明日公演をやるから、当然と言えば当然なのかもしれない。実際はどちらの用事なのか判然としないが。
「それじゃあ、僕と翡翠君はお暇するよ。二人とも、戸締りはしっかりねー」
翡翠を連れた仲田さんが部室を出て行く。
部室内に沈黙がひろがる。
「じゃあ、僕は帰るね……」
僕は珍しい僕と明石さんのツーショットに戸惑って、部室を後にしようとする。
「待ちなさいよ」
と、明石さんの言葉に立ち止まらされた。
嬉々として僕の怪我の時、緊急会議を取り仕切ってた相手だ。油断ならない。演劇のためなら見境のないやつだ。朱里と舞台にあがりたいという思いだけで、僕に再び怪我をさせるなんてこともあるかもしれない。
僕は彼女に対して身構える。
「本当に治ってるんでしょうね?」
しかし、身構えていた僕にかけられたのは、予想外の言葉だった。僕の怪我を心配する発言。僕はきょとんとしてしまう。
「え?」
「だから、明日ちゃんと一緒に舞台に立てるのかって聞いてるのよ!」
明石さんは顔を真っ赤にしながら聞いてくる。
どうやら、この反応は……。
「えっと、僕と一緒に舞台に立ちたいの?」
「当たり前じゃない!」
彼女は僕の言葉に即答する。
僕の頭は混乱した。
「え、でも、朱里との舞台の方がいいんじゃ……」
僕がそうたずねると、明石さんはぶんぶんと首を振った。
「そんなわけないでしょ! 確かに朱里先輩は演技上手だし、舞台に一緒に立ちたいと思う。でも、本役の人と一緒に立ちたいに決まってるでしょ? だって、ずっと一緒に練習してきたんだから」
どうやら、明石さんは、一緒に練習してきた時間とか、そう言うものを大事にして、夢を見ちゃうタイプらしい。
青春してるなぁ。
僕は彼女に対してそんな感想を抱く。そして、彼女の問いに微笑んでこたえる。
「ありがとう。多分治ると思うよ。これから、病院で見てもらうんだ。じゃあ、そろそろ迎え来るから行くね」
僕は、彼女の気持ちを嬉しく思いながら、ただちょっと鬱陶しく感じる。そして、部室脱出を試みた。
「つ、連れていきなさいよ! 心配だから、ついて行ってあげるわ」
それをいきなり発症した明石さんの極度のツンデレが押しとどめる。
僕は時計を見、そして小さく溜め息をついた。
翡翠の母親は優しいし車も大きい、一人乗せる人が増えたところで気にしないだろう。それに、病院に行ってまでうるさくするほど明石さんも常識はずれじゃあるまい。
「わかった、行こう」
僕はせっかく迎えに来てくれる翡翠の母親を待たせるのが嫌で、明石さんの要請をOKした。
この時僕は劇に集中するあまり、本質を忘れていたのかもしれない。
僕はまた、大きなミスをおかしてしまうのだった。
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