第50話 緊急会議

5月17日 放課後 演劇部室


「緊急会議を行います!」


 ホワイトボードの前に立って、会議を取り仕切るのは、なぜかやる気満々の明石さんだ。

 議題は、僕の怪我が治らなかった場合どうするのか、だ。


「完治の予定までは1週間、それまで安静にしていなければならない神崎君を、どうしましょう!」


 そんな嬉々として言わなくても……。

 明石さんは、よっぽど僕と演技をするのが嫌だったのかもしれない。


 嬉々として取り仕切る明石さんをよそに、ほかの面々の空気は沈み気味だ。

 それはそうだ、公演メンバーがかけるのは大ごとなのだから。


「ほんとにごめんなさい」


 周囲の面々の空気に充てられて、僕は思わず謝る。


「蒼斗、そんなに悪くない。謝らなくて、いい」


 朱里の言葉に僕は心の中でため息をつく。そんなに、ということは、ちょっとは悪いと思っているらしい。


「それに」


 朱里が言葉を続ける。

 彼女の言葉に全員が注目した。


「それに、代役なら、私、やればいい」


「それが、妥当かなぁ」


 朱里の言葉に仲田さんがうなずく。

 

「いまさら役動かすよりは、それがいいかもね」


 如月先輩も同意する。


「なんか、ほんとすいません……」


 僕は平身低頭して謝るしかない。


「え、じゃあ、私朱里先輩と、あんなことやこんなこと、しちゃうんですか」


 そして、なぜか照れ始める明石さんには、白けた目線を送っておく。

 あんなことやこんなことってなんだ。

 そもそもこの劇にはそんな過激なシーンは出てこない。

 どうにもさっきから言動のおかしい明石さん。もしかしたら、僕の事故にショックを受けてくれているのかもしれないと、謎の期待をかけておく。


「それじゃ、治らなかった時のために一回合わせておこうか」


 朱里は、みんなにそう言うと、配置につくように言う。

 そして、僕の耳元でささやく。


「自分の舞台、外から、見たことないでしょ? よく見ておいてね」


「あ、はい……」


 朱里のささやきに反射的に返事をするが、すぐに頭の中にはてなマークが浮かぶ。


 僕が出ないのに、自分の舞台、というのはどういうことだろう。


「さん、に、いち」


 パンッ


 仲田さんの掛け声とともに、舞台の幕が開き、世界が構築されていく。

 ただ、その舞台は、朱里が出ているにしては粗く、繊細さにかける。

 それは、まるで、僕がでているかのような……。


 朱里の演技は、端々で、僕の演技を感じさせた。

 そして、僕がいつもダメ出しをくらう場面がやってくる。

 

「よろしく」


「こ、こちらこそ」


 朱里のそれは、僕がいつもぎりぎりOKをもらうときの演技だった。

 はたから見てみると、その拙さ、不自然さがわかる。


「はい、終了!」


 20分ほどして、舞台の通し稽古が終わる。

 仲田さんの掛け声で、みんなの体の緊張がほぐれていく。


「明石さん、私の演技どうだった?」


 朱里があえて、明石さんに尋ねる。

 すると、彼女は少ししょんぼりした後、気を使ったような表情になって言った。


「初めてにしては、すごいと思います」


 その言葉に朱里がくすくすと笑う。


「やりやすかった?」


「……いつも通りです」


 僕はそのやりとりに少し傷つく。

 そうか、明石さんはこんなやりづらい思いをしていたんだな、と。


「蒼斗、外から、見てると、わかるでしょ? キャッチボール、出来てない」


 朱里の言葉に、僕は小さくうなずく。


「見ていて、よくわかりました」


「それは、よかった」


「どういうことですか?」


 明石さんが僕らに言ってくる。どうやら彼女は、朱里が僕の演技を模倣していたことに気付かなかったらしい。


「朱里は、蒼斗君の演技を真似ていたんだよ」


「え!」


 仲田さんの言葉に、明石さんは一瞬驚いたように目を見開くが、すぐになるほどといった様子でうなずく。


「道理で、朱里先輩にしてはやりづらかったはずですね」


 その言葉に内心傷つく僕だったが、演技への探究心の方が勝った。


「もし、朱里が本気でやるとしたら、どうなるんだろう……」


 僕の呟きに、朱里がにやりと笑う。


「見てみる? みんなお願いしてもいい?」


「はーい」


 朱里の号令に、皆が再び所定の位置につく。


 そして、演技が開始される。

 世界の構築とともに、その緻密さに観客として舞台の前に座る僕は圧倒される。

 舞台の背景も何もかも、パントマイムの小道具も、すべてそこにあるように見えた。

 さらには、朱里だけでなく、みんなの演技の質まで上がっているように見える。


「まあ、こんな、感じ」


 劇が終わって思わず拍手をしている僕に、朱里がちょっと胸を張って言ってくる。


「すごく、やりやすかったです!」


「さすが、朱里先輩」


 みんなの賞賛の声が聞こえる。


 僕は内心、自分の演技の完成度の低さに心が折れそうで、これ、けが治らないほうがいいんじゃないかと思った。

 だが、演技の技術的には、こんなすごいことを学べて、けがをして良かったのかもしれないと思ってしまう僕だった。

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