第42話 疑念
翡翠が電話の相手に、僕が経った今話したことを整理して話していく。
僕はそれを唖然としながら見ていたが、ついに言葉を発して尋ねる。
「AKってなんだよ」
僕は軽く後ずさりながら翡翠に向けて言った。
「AKっていうのは、朱里先輩を研究、監視する組織のことだよ」
翡翠はにべもなくそういってのける。表情が少しも変わらない、微笑みもしない。
そして彼は、持っていた携帯を僕の方へと放る。
「これ……誰と?」
「仲田先輩」
僕はその人の名前を聞いて、ぶるりと震える。朱里の友達である彼女まで、そんなわけのわからない組織に所属しているのか。
僕は恐る恐る携帯を耳に当てた。
「もしもし」
「ああ、蒼斗君。大変だったね」
聞こえてきたのは仲田さんの落ち着いた声。
ただ、いつもより少し冷たい感じがするのは気のせいだろうか。
それよりもなによりも、翡翠も仲田さんも僕の滅茶苦茶な話を聞いてなぜそんなに落ち着いていられる? どうなっているんだ。
「お姉さんのことは本当に申し訳ない。僕もそこまで影響が出るとは思ってなかったんだよ」
「あ、はい……」
僕はどうしていいかわからずそうつぶやく。電話の向こうの仲田さんは続ける。
「君にはどんな二次元病症状にあっても逃げない、と誓約させていたが、今回のことは我々の予想の範囲外だ。よって、我々としては君を柊木朱里から隔離する措置は取らないこととする」
いきなりの宣言に僕は驚く。
最近いろいろありすぎて、誓約書のことなんてすっかり忘れてしまっていた。それにたとえ、ちょっと破ったからと言って、隔離なんて大仰な様になると思っていなかった。
AKとは何なのだろう。
恐ろしい、組織だ。
いつか、僕と朱里が彼らに引き裂かれることもあるのかもしれない。
そうなったら僕はどうする?
前の時とは違う。
翡翠は、もう、僕の味方じゃない。
「ただ、柊木朱里の二次元病が、今回のことを逃げた、と判断する可能性はある。そうしたら、蒼斗君はもっとひどい目にあうかもしれない。それは、覚悟しておいてくれ」
仲田さんが、苦しいことをつげるようなトーンでそう言う。
僕の頭はその言葉を理解したくないらしく、ぼーっとしていた。
ただ、これだけは確認しなくてはいけない。
僕はぼんやりとする頭を必死に働かせて尋ねる。
「……僕の姉はどうなるんですか?」
先ほどの事件から、ねえちゃん、そう親しんで呼べなくなっていた。僕にとって、姉のその行動は完璧にトラウマだ。再び彼女と暮らせる日々が来るなど、いまの僕には想像もできなかった。
ただ、これも朱里の二次元病のせいだったなら、僕の姉はただの被害者だ。
彼女がこれ以上、ひどい目に合わないことを祈る限りだ。
「君のお姉さんなら、しばらく君と距離をおけばもとに戻ると思うよ。断定はできないけど」
僕はその言葉にほっと息を吐きだす。
彼女がもとに戻ってくれさえすれば、僕は再びあの家で暮らせる。
「でもまあ、もう、君は家には戻らないほうがいいかもね」
仲田さんの言葉に僕は衝撃を受ける。
僕は帰る家をなくすのか?
「どうしてですか?」
口がからからになっているのを感じながら僕は尋ねる。
「そりゃ、だってさ。君の両親も海外出張行っちゃったし、お姉さんはあんなになっちゃって。君の家族は二次元病の影響を受けやすい体質なのかもしれない。君がこれ以上あの家にいたら、下手したら死人が出るよ?」
その言葉に脳が揺らされるような衝撃を受ける。
死人?
ただ、僕が朱里と付き合っただけで?
家族が死ぬ?
おかしい。
これは、夢か?
僕は、すべて悪夢であってくれ、そう思いながら自分の頬をつねる。
だが、目の前の現実は消えてなくなったりしない。
「蒼斗、残念ながらこれは現実だ」
かわいそうなものを見る目になった翡翠が僕に向けて言ってくる。
僕の体の力は抜け、ベッドにバタンと倒れ込む。
今日はもう、考えたくない。
とりあえず、今日は休ませてくれ。
お願いだから。
電話の向こうの仲田さんも僕の気力の低下を感じ取ったのか、話のまとめに入ってくれる。
「とりあえず、お姉さんには外に泊まることをメールか何かで伝えるんだ。警察が出てきたら厄介なことになるからね。それから、しばらくは翡翠君の家に泊まるといい。こっちで、うちの学校の寮の入寮手続きしておくから、安心して君は二次元病から逃げないことだけ考えればいいよ」
「はい、わかりました。ありがとうございます……」
僕がそう電話にこたえると、ベッドに放りだしてしまった携帯を翡翠が拾い上げる。
「蒼斗、ゆっくり休めよな」
翡翠はそう言って携帯を片手に部屋を出て行く。
「もしもし、変わりました。俺です」
部屋の外で声が聞こえた。
仲田さんとまだ話があるのだろう。
僕は姉に、翡翠の家に泊まるという連絡だけ送ると、ベッドの上で力尽きた。
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