第43話 会議

4月26日 早朝 翡翠宅


 僕が目を開けると、そこには知らない天井があった。

 周囲を見回してみると、ごちゃごちゃとした雑貨達。

 どうやら、昨日あのまま翡翠のベッドで寝てしまったらしい。


 客人なのに、勝手にベッドを占領してしまった。


 僕がそう後悔しながら床を見ると、布団を敷いて寝ている翡翠がそこにいた。


 なんだか幸せそうな顔をして寝ている彼に無性に腹が立つ。

 こっちは、こんなに人生どん底感漂っているのに、その顔と来たら……。


「ん、おはよ、蒼斗」


 視線に反応したのか、体が危機を察知したのか、翡翠が目覚める。

 目覚めてすぐに、彼は布団を畳み始めた。

 全く、寝起きのいいやつだ。


「おはよう」


 僕がベッドの端に座ってそう言うと、翡翠は心配そうな目でこっちを見てきた。


「蒼斗、大丈夫か?」


 心配そうに言ってくる翡翠に、少しいらいらしている僕は、声を荒げていってしまう。


「大丈夫なわけあるか。お前、なんであんな組織に入ったんだよ。裏切られるとは思わなかった」


 そんな僕の言葉に翡翠は悲し気に顔を伏せる。


「裏切っているつもりはなかったんだけどな……」


 翡翠のその表情に僕の良心が痛む。

 そうだ、翡翠は何も悪いことなんてしていない。

 迷惑ばかりかけているのは僕の方だ。八つ当たりもいいところだ。


「お前は、大丈夫なのか?」

 

 そのことに気付いた僕の口から出てきたのは、翡翠への心配だった。

 翡翠は僕のことを心配して演劇部にいてくれている。

 おそらく、AKなる組織に入ったのも、僕のことを思ってなのだろう。

 当の翡翠は、二次元病の影響を受けていないのか?

 僕のことを心配して近くにいるせいで、二次元病の病魔に襲われたりは……。


「大丈夫だよ」


 清々しい表情を顔にはりつけていってくる翡翠に、僕はどう答えていいのかわからなくなる。

 何年付き合っても翡翠の心の中をうかがい知ることは僕にはできない……。


「そうか」


「よしっ、朝ごはん食べに行こうぜ。今日は早く登校したいんだ」


 翡翠は明るい様子でそう言うと、部屋を出て行く。僕はそれに続いた。


「早くって、なにかあるのか?」


「んーと、AKの会議があるんだよ」


 僕はその言葉に気持ちが沈んでいく。


「AKか……」


 つぶやきとともに翡翠宅のリビングに入ると、とてもいい匂いが漂ってきた。


「あら、蒼斗君。おはよう。ご飯出来てるわよ」


 テーブルに並べられている純和食の朝ごはんに、僕のおなかが小さくなる。


「いただきます」


 今はAKのことなんて忘れて、とりあえず食事をしよう。

 僕は、出汁の効いたお味噌汁や、焼き加減塩加減抜群の鮭の切り身などを味わいながら食していく。

 食事をすると、先ほどまでのイライラが少し消えた。

 やっぱり人間空腹でいるのはよくないな。

 僕はそんなことを考えながら、体の前で手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 隣で食事をしていた翡翠も同時に言う。


「おいしかったかしら?」


 僕と翡翠が食べ終わった食器をキッチンに片付けに行くと、そこでまだ料理をしている翡翠の母親がきいてくる。


「はい、とても!」


 僕が微笑みながら言うと、彼女は嬉しそうに笑った。


「よかったわ。そうだ、今日は蒼斗君も一緒にいることだし、学校まで送っていきましょうか」


「そんないいですよ。僕は電車で行きます」


 彼女の提案に強縮して、胸の前でぶんぶんと手を振っていると、翡翠の手が肩に置かれる。


「親友よ、俺も楽をしたい」


「あらあら」


 翡翠の言葉に微笑む翡翠の母親。

 僕はどうしようもなくなって、学校まで送ってもらうことになった。



「それじゃあ、気を付けてねー」


 翡翠の部屋で制服に着替えた後、僕らは翡翠の母親に学校まで送ってもらった。

 ちなみに、僕の荷物は彼の家に置いたままなので、今日も翡翠の家にお世話になること確定だ。


「行ってきます」


 翡翠と僕は、彼の母親に手を振りながら校門をくぐる。

 あいさつをした後は、二人の間にはしばらくの沈黙が広がった。

 翡翠の足は生徒会室に向いている。

 おそらく、そこで会議が行われるのだろう。

 

「……ここまできちゃったけど、僕も行っていいの?」


 生徒会室の前まで来たところで、僕は尋ねる。


「何言ってるんだよ、会議の主役はお前だよ」


 そう言いながら、扉をあける翡翠。


 生徒会室の仲は薄暗く、部屋の中央では水晶がぼんやりと光を発していた。


「AKの会議にようこそ!」


 その水晶に手をかざしながら、僕らを迎える仲田さん。

 僕と翡翠は、彼女の中二病的演出に、呆れてものが言えなくなった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る