第44話 対症療法
「いい加減にしてください」
僕は容赦なく生徒会室のカーテンを開けながら、仲田さんに向けて言い放つ。
「ああ、開けちゃダメ!」
仲田さんは僕の腕を必死につかんで抵抗してきたが、翡翠によって取り押さえられる。
「先輩、今の蒼斗の状況考えてあげてください」
「うう……」
しばらく大人げなくばたばたとしていた仲田さんだったが、翡翠の言葉におとなしくなる。全く、この非常時までこんなことをやろうとするとは、この人はなんなんだ。
ほんとは馬鹿なんじゃないのか?
僕は少し仲田さんの頭を疑ってしまう。
「それで、会議ってなにするんですか?」
僕が仲田さんに尋ねると、彼女はやっと真面目な顔に戻った。
「会議の内容は、朱里の二次元病にこれからどう対応していくか、だよ」
僕はその言葉に息を飲む。
「対応、ということは、二次元病への対抗策があるということですか?」
僕が尋ねると、仲田さんは静かに首をふる。
「現在確認されている対抗策は、朱里の認識下からいなくなるつまり彼女の傍から離れることのみだ」
「そんな!」
僕はうなだれる。
じゃあ、どうしていけばいいのか……。
「だから根本的には何もできない。対症療法になるけど、頑張るしかないね」
仲田さんはそう言って、水晶の前の椅子に座る。
「まあ、二人ともかけてよ」
彼女は自分の前にある椅子を、僕たちに勧めてくる。僕と翡翠はそこへと座った。
「当分の問題は、蒼斗君とお姉さんのことだね。まあ、住むところは当分は翡翠君の家にいてもらって、準備が出来たらうちの学生寮に引っ越してもらう、かなぁ」
仲田さんは、昨夜も言っていた事を繰り返す。僕はその内容に本当に対症療法しかできないんだな、とため息をつく。
「なにか、二次元病を治す薬はないんですか?」
僕の言葉に苦笑いをする仲田さん。
「ないね。そもそも、二次元病が何なのか、僕らにもよくわかってないんだよ。この名称ですら、AKでつけたものだ。類似した症例も世界でない。言ってしまえば、彼女が不幸な星の下に生まれて、周囲に災厄を振りまいている、というだけの可能性もある」
朱里のそれが本当に運命だとしたら、防ぎようがない。
「せめて、朱里の意識で、おこる出来事をコントロール出来ればいいんだけどね。どうもそれも無理みたいで、本当にお手上げだ」
仲田さんが愚痴るような態勢になってきたのを、翡翠が制する。
「蒼斗のお姉さんとの関係修繕はどうします?」
翡翠の言葉に、眉をぴくりと動かした仲田さんは、ため息をつきながら言う。
「それは、セルフでよろしくー」
「そんな無責任な」
僕が声を荒げて突っ込むと、仲田さんは今までにない厳しい目を僕に向けてくる。
「AKは何も、人助けのためにあるわけじゃないんだよ、蒼斗君。今君を助けているのだって、ボランティアみたいなものだ。僕らAKは最悪の事態を回避するためにある。過去朱里の人生で起こった最悪の出来事を再び起こさないために。僕らは学園を守らなきゃいけない。たとえ最終的に、朱里を切り捨てることになっても」
「それでも、友達なんですか!」
僕は仲田さんの最後の言葉に怒りを覚えた。
切り捨てる? この人は本気で言ってるのか? 友達だろ?
そんなことしたら、朱里がどれだけ傷つくことか……。
僕の怒りに、言葉に、仲田さんはなんだか微笑んでいた。
「君は、朱里のためにそれだけ怒ることが出来るんだね」
「当たり前です。恋人ですから」
仲田さんの態度にイライラしながら僕は言う。
「そう、じゃあ。朱里のこと頼むよー。これで、会議はお終い。帰っていいよ、蒼斗君」
軽い様子で言ってくる仲田さんに僕の怒りは最高潮に達する。
「あなた方には、出来るだけ頼らないようにします。寮のことだけ、よろしくお願いします」
そう、頭を下げていい、生徒会室を後にする。
「お、ちょい、待ってって」
翡翠がそう呼び止める声がするが、僕は気にせず生徒会室を出る。
早朝の学校を当てもなく、歩き回った。
なんなのだ、本当にあの人は。
朱里のことをちゃんと考えているのか?
朱里は僕が守らなければならない。
……最悪の事態ってなんだったのだろう。
歩いているうちに怒りが少し収まり、僕はそのことが気になってくる。朱里を切り捨ててまで回避しなければならない、最悪の事態とは。
僕はぼーっとそれを考えながら、目の前にある扉に手をかけていた。
いつの間にかたどり着いていた演劇部の部室。
こんな早朝に鍵が開いて居る筈なんてないのに、僕はその中に無性に入りたくて仕方なかった。
「どうして……?」
僕がドアノブを回すと、部室の鍵は開いていた。
押し開けて中に入った僕が見たのは、愛しき彼女がベッドで寝ている光景。
「ん、蒼斗……? おはよう」
柔らかく笑う彼女を見ていると、怒りに震えていた心が落ち着いていく。
なぜ、彼女が早朝の部室にいるのか?
そんな疑問も僕の中からすぐに消え失せた。
「朱里」
僕はふらふらと彼女に近寄っていくと、愛する人のやわらかな胸の中に顔を沈める。
朱里は僕の突然の行動に少し驚いた様子だったが、拒否せず受け入れてくれた。
そして、僕の頭を優しくなでながら尋ねてくる。
「何かあった?」
僕は胸の中で、小さくうなずく。
「どうしてほしい?」
今は甘えたい。
癒されたい。
僕はぎゅっと朱里に抱き付く。
「わかった。しばらく、こうしてよっか」
僕はそれからしばらくの間、現実を逃避して、彼女の胸の中で、頭をずっとなで続けてもらっていた。
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