第45話 心配

 しばらくして、僕は彼女の胸から頭を上げる。


「おちついた?」


 彼女は微笑みながら僕に尋ねてきた。

 僕は小さくうなずく。


「ありがとう」


「いいの。私は蒼斗の、彼女だから」


 その微笑みに心の中が温かくなる。


「なにかあった?」


 再び尋ねてくる朱里。僕はその返答に困る。


 彼女にどこまで話すべきか。

 彼女に何を尋ねるべきか。


 答えは出ない。けれど、どうしても尋ねたい一つのことがあった。


「朱里……は、僕の前にどんな人と付き合ってたの?」


 その言葉にきょとんとする朱里。


「それを、知りたいの?」


「うん」


 僕がうなずくと、少し照れた様子の彼女が応えてくれる。

 過去の恋人たちと照れるようなことをしてきたのだろうか。


「私の恋人、はね。蒼斗君の前に、3人いた。みんな向こうから告白してきて、つきあった。でも、みんな、離れていった。私の、忌むべき力を感じたら」


朱里は言っているうちにだんだんと涙ぐんでいく。


「蒼斗、は、離れていかない?」


 不安げな目で僕を覗き込んでくる。

 僕の質問で、かねてから感じていた疑問があふれ出てきてしまったらしい。


「どこにもいかないよ。ずっと一緒だ」


 その朱里の表情を見て、僕は自分の心の中にあった決意をさらに固くする。

 朱里を必ず幸せにする。ずっと一緒にいる。

 たとえ、周りがどうなってしまおうとも。どんな不運に見舞われようとも。


「よかった……蒼斗、は? この間、会ったあの人、彼女だったんでしょ? 他にはいたの?」


 僕は彼女にそう言われて自分の過去を思い出す。

 他にも、少しだけ付き合った人がいなかったわけではない。でも、彼女が欲しいのは真実ではなく、きっと安心だ。

 だからゆっくりと、言葉を印象付けるように言う。

 

「いたよ。でも、こんなに本気になったのは朱里が初めてだ」


「嘘じゃ、ない?」


 涙目で聞いてくる朱里を今度は、安心させるように優しく抱きしめる。


「嘘じゃないよ。こんなに真剣だ。たとえ、家族が壊れようとも、それでも離れられないくらいには」


「家族が……?」


 勢いで朱里にそう言ってしまう。

 僕は言ってしまってからしくじったなと、思う。

 これを朱里に言っては、彼女はきっと落ち込むに違いない。

 ただ、一度口に出したことを撤回することは出来ず、朱里は僕に対して尋ねてくる。


「何があったのか、教えて」


「いやー」


 僕は少し抵抗しようとしたが、朱里の断固とした口調に負ける。


「教えて」


 僕は結局、姉に迫られたことや、両親の海外出張のことなどを話す。

 それを聞いた朱里は予想通りかなりショックを受けた表情を浮かべた。


「私と付き合ったせいで、そんな……」


「気にすることないよ」


 落ち込む朱里には、僕はたいして気にしていないようにふるまう。

 そして、逆に今がチャンスとばかりに思い浮かんだ質問を投げつける。


「朱里の家族は?」


 この前は、ただ一人だと言ってかわされたが、この状況では逃げようもないだろう。ひどい手だが、僕はそこまでしてでも朱里を知りたい。


 朱里は僕の問いに、一瞬顔をしかめたが、小さく首を縦に振ると、話してくれる。


「私のお母さんがね、小学校5年生の時ぐらいに死んじゃったの。死因は病死。その頃、私の二次元病は今ほど強くなくて、せいぜい少し子供の中で目立つくらいの出来事が起こるだけだった。でも、お母さんが死んでからその力は日に日に強くなっていったの」


 そこから朱里が話してくれたのは、先ほど仲田さんが『最悪の事態』と称した事件の一部始終だった。


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