第46話 最悪の事態
朱里は珍しく流暢に、まるで演技をするときのように語り始めた。
それは、何か、自分ではない者の人生の物語を語るかのようだった。
「症状が重くなったのは、お母さんが死んだのが悲しかったせいかな?
よくわからないんだけど、私の二次元病は日に日に強くなっていったの。
例えばそうだなぁ、男女問わず、いろんな人に告白されたり、先生に特別扱いされたり。
でも、私が当事者になるものだけじゃなかった。
クラスの仲のいい子が病気になったり、近所の高校生のカップルが駆け落ちしたりとかね。
学校の近所では何件か殺傷事件も起こった。
そこには、私の知り合いもいたよ。
正直ね、今よりもひどかったと思う。
ああ、私は生きてちゃいけないんだ。
日に日に私はそう思っていった。
だって、そうじゃない?
私が生きていることで、こんなにみんな苦しんでいるのに、私がのうのうと生きてちゃいけないと思ったんだ。
そしてある日、ついに私は決行するの。
ホームセンターで買った頑丈なロープ。
カーテンレールの強度は、当時の私の体重を支えるには、十分だった。
私は、お父さんの帰ってこない時間を見計らって、ロープの輪っかに首を預けた……」
彼女はその時のことを想っているのか、静かに目を閉じる。
僕は彼女の言葉に、息を飲んだ。
「でもね、死ねなかった。
ロープがぐいぐいと首を締め付けてきて、ああ、私は死ぬんだなって思ったときに、家に忘れ物を取りに来たお父さんに見つかってしまったの。
お父さんは怒鳴りながら、必死に私のロープを外したわ。
そして私の頬を殴った。
いつも優しかったお父さんが怒ったのは、後にも先にもあの一度だけ。
子供ながらに、自分はそれほどやってはいけないことをしたんだんなって思った。
でも、ほかにどうしようがあった?
私がね、ロープに首をかけていた時に感じたのは、安心だったの。
ああ、これでやっと、解放される。
みんなを解放してあげられる。
そう思ったのに……私には死ぬことも許されない。
私は、しばらくの間引きこもった。
何度か、自殺未遂をした。でも、全部未遂。
必ず誰かに止められてしまう。
引きこもれば、少なくとも学校の友達に悪影響を及ぼすことはなくなると思ったからそうしたんだけど、それがいけなかったのかな」
朱里は、悲し気に笑った。
「お父さんが、狂ってしまったの」
心が苦しくなってくる。
もう、聞きたくない。
そう思ってしまう。
でも、僕は向き合わなきゃいけない。
二次元病と戦わなきゃいけないんだ。
「私が自殺未遂を重ねていくうちに、周囲の状況は悪化していった。
まるで、私に死ぬことは許されないと暗に伝えているかのような感じ。
お父さんは、勤めていた会社を首になるし、学校はいろんな犯罪の標的になる始末。いじめも横行していたらしいわ。
そしてそんなある日、事件は起こった。
炎の海、そう言ってもらえればあなたも知っているかもしれないわね」
僕はその言葉に反応する。
確かに、僕はその事件を知っていた。
なにしろ、それは僕の隣町で起こった事件だ。
その事件で隣町の住人は、ほとんどが亡くなった。
炎の海に包まれて。
住人で生き残ったのは、子供が数人と事件当時出かけていた人のみ。
真相は迷宮入りした事件だ。
「あれね、犯人、私のお父さんなのよ」
朱里は遠くを見つめるような目をしながら言う。
「お父さんが、自分の家に火をつけた。
その火が、町全体に燃え移っていき、たくさんの人が死んだ。
それでね、私のお父さんがなんで、自分の家に火をくべたかっていうとね。
それがなんと、私の二次元病を直すためなのよ。
笑っちゃうでしょ?」
笑えない。
大げさに身振り手振りをしている朱里の目から、涙がこぼれていく。
「ほら、昔の人が火の中に入って願いを神様に届けようとするやつあるでしょ?
あれをやろうとしたみたい。
『娘の二次元病を治してくれ! 治せないなら、一時的にでもいいから力を抑えてくれ!』
お父さんは、火に焼かれながらずっとそう繰り返していたわ。
私は、火の海から逃げることなく、ずっとそれを聞いていた。
炎はもう、消せないくらい広がっていたから、ここでなら死ねるかなっておもってた。
でもそうだね、結局、私は死ねなかった。
たくさんの人が死んだのに、私は生きてた。
病院で目が覚めた時、驚いたわ。
火傷すら、体にはなかった。
私が失ったのは、髪の毛だけ。
そうそう、私ってもともとこの髪の色じゃないのよ。
もとは流れるような黒髪だった。
でも、病院でしばらく過ごしているうちに、新しく生えてきたのは、この白銀の髪。
お医者様は、ストレスだろう、可哀そうに。
そう言っていた。
私は、事件の詳細を聞かれても、知らぬ存ぜぬで通したわ。
お父さんが死んでしまって、更にはそれを犯罪者扱いなんてされたら、到底心が持たない、そう思ったのよ。
私って本当に卑怯ね。
嫌いになるでしょ?」
朱里は、こちらを見つめてくる。
僕はその目に見つめられても、何も言えなかった。
どうしていいか正直わからなかった。
あまりに出来事が大きすぎる。
僕が、背負い切れるのか?
「これ、が、私の過去。家族の、おはなし」
そして、いつもの口調に戻る朱里。
僕はそんな彼女に、かける言葉がなかった。
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