第3章 日常

第26話 少しずつ

4月24日 


 朝、目覚める。

 すると、いつもと変わらない天井が目の前にあり安心する。


 朱里先輩と付き合い初めて約2週間。

 いろんなことが少しずつ、あるいは劇的に変わっていた。

 そんな中で、自分の部屋の変わらない天井を見ていると少し落ち着くのだ。


 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 昔と違って朝はとても忙しい。

 僕は起き上がって、学校へと行く準備を始める。


 劇的に変わったポイントの一つは、両親があれよあれよという間に海外出張に行ってしまったため、家に僕とねえちゃんの二人きりだということ。


「蒼斗、ご飯出来たよー」


 ねえちゃんが居間から僕を呼ぶ声がする。


「いま行く」


 僕はそう答えながら居間へと急いだ。


「いただきます」


 テーブルの前に着席し、ねえちゃんの作った朝ごはんを食べる。

 ちなみに、食べ終わった食器を片付けるのは僕の仕事だ。


「それじゃあ、先に行くねー。行ってきます!」


 洗い物をしている間に、ねえちゃんが大学へと向かう。

 最近、早く出かけるのはサークルにでも入ったのだろうか、それとも恋人でも出来たのだろうか。

 何気ない想像をしているうちに、洗い物は完了し、僕も出かける時間になった。



「行ってきます」


 誰もいない家に向けてむなしくそう言ってから僕は出発する。


 学校まで徒歩で登校している間に僕は考えを巡らす。

 それは、朱里先輩と僕のこと。


 二人の関係はこれと言って進展はしていない。

 けれど、僕の周りは少しずつ、昔とは違うものに変異してきている。


 僕は別にそれを拒まない。

 好きな人のために変わるのなら、かまわない。


 でも変わっていくのに恐怖が全くないとは言えない。

 だって、現実すれすれなことが巻き起こっていくのだ。


 二次元的事象。


 仲田さんがそう言ったのもうなずける。

 僕は、朱里先輩と付き合ってから今までで、知らない女の子に3回告白された。それに、そんなに早くなかったはずの足が、運動部のエースの人達と競えるまで早くなった、同級生のきらきらにあまりおびえなくなった。


 まるでそれは、僕と先輩を中心に世界が再構築されているようなそんな感覚だ。 


「どうしようか」


 僕はやるせない気持ちになってそうつぶやく。

 つぶやいたところでどうしようもないのが、さらにむなしさを呼ぶ。


 結局、僕はこの日常を続けていくしかないのだ。

 どんなに周囲が変わってしまおうと、朱里先輩と一緒にいる限りそれを受け入れるしかない。この2週間で、なんとなく、それがわかった。


「おはよー」


 校門前で翡翠と出会う。

 こいつは、あんまり朱里先輩と関わる前と変わっていない気がする。


「おはよ」


 やっぱり誓約書のサインが関係あるのか……。

 僕がそんなことを思いながら心ここにあらずで挨拶すると、翡翠が頭を小突いてくる。


「そんな心ここにあらずじゃ、また女子に告られるぞ。きゃー、物憂げな顔かっこいいーとかって」


 にやにやとしながら言う翡翠。

 告白ネタは二人の時ぐらいしかからかえないので、ここぞとばかりにからかってくる。

 前に部室でこのネタをしたときは、朱里先輩が盛大に拗ねて大変だったのだ。

 そういうところは、本当に普通で可愛い彼女なのだが……。


「やめろよ」


 僕はそう言いながら小突いてくる翡翠の手を払いのける。


「このこのー」


 なおも小突いてくる翡翠はきっと僕を元気づけたいのだ。

 僕はそんなにやつれてるように見えるのだろうか。


「やつれてるっていうより、変わりすぎた日常に対応しきれてないって感じかな?」


 心を読んだように言ってくる翡翠に、僕はくすりと笑う。

 こいつのこういうところは本当に変わらなくて安心する。


「ずばり言ってくれてありがとう」


 僕がそう言いながら笑うと、翡翠も笑顔になった。


「まあ、楽しくいこうぜ。俺だけは変わらないでいてやるからよ!」


 親友のその言葉に、僕の胸にじんわりとあたたかさが広がった。

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