第27話 ミーティング

 放課後になり、僕と翡翠は演劇部室へと向かう。

 翡翠の場合、一週間の半分は演劇部、半分は吹奏楽部というローテーションで部活に行っている。ちなみに、吹奏楽部ではすでにパートリーダーに選ばれたらしい。全く、翡翠だから当たり前といえばそうなのだが、僕の親友は優秀すぎる。


「あ、やっときた! 二人とも遅い」


 部室に入ると、目をぎらぎらさせた明石さんが待ち受けていた。

 見てみると、僕と翡翠以外のメンバーはそろっている。


「待たせちゃったみたいだね、ごめん」


 翡翠がさらりと謝って明石さんの追撃をかわす。明石さんは何か言いたげな表情をしていたが、自分のその言葉が進行の妨げになると気付いて黙った。


「ミーティング始める」


 朱里先輩の言葉でミーティングが開始される。

 主に説明してくれるのは仲田さんだ。

 内容は、来月行われる学内公演のこと、らしい。

 つまり、僕たち一年生にとっての初公演となるわけだ。


「学内公演だし、経験積むためにも一年生は全員メインキャラで出てもらうね」

 笑顔でそう言ってくる仲田さんが少し怖い。

 その後、劇の内容について話し合う。うちの演劇部では、どの公演でもオリジナル劇でやっているらしい。執筆するのは主に、如月先輩と朱里先輩の二人だそうだ。


「仲田先輩はかけないんですか?」


 翡翠が億すこともなく仲田先輩に質問すると、彼女は苦笑した。


「朱里は演劇のことになると厳しくてね。僕じゃ彼女の基準を通過できないんだよ」


 その言葉を聞いて、僕は慌てて朱里先輩を見つめる。

 いつもと変わらない表情。


 ただ、僕はちょっとした恐怖の中に落とされる。

 もし、僕がうまく演技を出来なかったら、朱里先輩に怒られて、嫌われてしまうのではないか……。


「初めてなのでお手柔らかにお願いしますね」


 そんな僕の気持ちを汲み取ってか翡翠がそう言う。

 いや、本人も少し震えているので、完璧に自分のために言っているのかもしれない。


「私にはどんどん厳しくしてください!」


 明石さんは嬉しそうにそう言う。


「わかった」


 二人の言葉に朱里先輩は小さくうなずいた。そして立ち上がり、部屋の奥の方からホワイトボードを引っ張り出してくる。


「劇の内容、決めよ」


「今回の劇は、どういうテーマでいくのかな?」


 朱里先輩のその言葉に如月先輩が応じる。


「今回の劇は、学内公演。しかも図書館でのイベントの一環だから、やっぱり本をテーマにした劇がいいと思うなぁ」


 仲田さんのその言葉で、朱里先輩がホワイトボードに『本』と書き込む。


「わ、私! 恋愛ものやりたいです。中学の時は女子ばっかりの演劇部だったので、そういうのあんまりできなくて」


 『恋愛』と書き込まれる。

 明石さん、メインキャラが一年生ということは、恋愛の相手役は僕か翡翠になるわけなんだけど、そこんとこ考えてますか?

 僕は心の中で彼女に突っ込むが、もちろんその思いは届かない。

 彼女は、演劇のことになると、すぐに夢中になってしまうのだ。


「図書館での恋、と言えば、あれですよね。ほら、取りたい本が高い所にあって、一生懸命背伸びをしている女子の後ろから、背の高い男子がとってくれるとか」


 『代わりにものをとる』


「あとは、同時に同じ本に手を伸ばして、あっ。っていう譲り合いとか」


 『同じものをとろうとする』


「他には、好きな人の目の前に座って気付かれるかどうかの挑戦とか!!」


 『目の前に座る』


「もう、ほんといろいろありますよねー!」


 楽しそうに話す明石さんの言葉をもくもくとメモしていく朱里先輩。

 

「れもんちゃんの意見はそのくらい?」


 一方の仲田さんは、さらに明石さんのアイディアを引き出そうとしていく。

アイディアというより、女の子らしい妄想のような感じだが……。


「あっ、すみません……私ばっかり盛り上がってました」


 そこで明石さんが正気へと戻る。


「そんなことないよ、良い意見たくさん出してくれてありがとう」


「ど、どういたしまして……」


 如月先輩のその言葉に赤くなって縮こまる明石さん。


「他に意見はある?」


 そんな彼女をよそにミーティングは続いていく。

 しかし、その後、大した意見が出ることはなかった。


「これ以上何もでないなら、図書館での恋愛のお話に決定する」


 見かねた朱里先輩がそうまとめた。

 その言葉に全員が特に異論はないようでうなずく。


「ほんとに私の意見なんかでいいんですか?」


 少し強縮したようで明石さんが尋ねる。


「問題ない」


 朱里先輩は明石さんに向けてそう言うと、再びホワイトボードを見つめた。


「それじゃあ、どっちが書く?」


 仲田さんがそう言うと、静かに如月先輩が手をあげた。


「今回は僕が書こうかな」


 朱里先輩はその言葉に本当に一瞬だけ眉をしかめた。

 だが、すぐに普通の表情に戻って、如月先輩に向けて言う。


「わかった。一週間で大枠仕上げてきて。期限は来週の月曜日。締め切り順守」


「了解」


 そう言って如月先輩が笑う。


 こうして、今日のミーティングは終わりを告げた。 

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