第58話 解決

「これは、一つの物語。図書館には様々な物語がある。皆さんも、本の世界に浸ってみてはいかがですか?」


 その言葉とともに、舞台の灯りが消え、世界は終焉を迎える。

 観客席からは惜しげもない拍手が送られてきた。


 演じていた僕らはというと、一つの公演が終わったことに達成感を得ながら、頭はただぼんやりしていた。僕らだけが、演劇の世界にまだ少し取り残されているような。


「カーテンコール」


 僕らは朦朧としながら、朱里に促されるままに舞台にあがる。

 役者と朱里、全員が一列に並びたつ。


「本日は、演劇部の公演を最後までご覧いただき、ありがとうございました」


「ありがとうございました!」


 声を合わせてそう言った瞬間、魔法のように現実が戻ってくる。

 ああ、これで終わったんだな。

 僕らはそう実感する。


 挨拶を終えた僕らは、舞台そでへと戻った。


「っ、もう限界……」


 仲田さんが、舞台そでで倒れ込むのを朱里が抱き留める。そして、彼女の頭を優しくなでた。


「よく頑張った、紫乃」


 周囲を見ると、明石さんも壁によりかかって辛そうだし、翡翠も床にへなへなとへたり込んでいた。どうやら、みんなかなり体力を消費したらしい。


 僕は一人、平気な顔をしている如月先輩の近くによる。


「先輩は平気そうですね」


 僕が言うと、如月先輩はさわやかに笑った。


「まあ、なれてるからね」


 そして、僕をしげしげと見つめて言う。


「そういう蒼斗君も、割と平気そうだ」


 先輩に言われて初めて気づく。あ、僕そんなに疲弊していない……。


「みたいですね。どうしてでしょう」


 僕が不思議に思ってそう言うと、如月先輩は一瞬考えた風になったが、微笑みながら答えてくれる。


「もしかしたら蒼斗君は、そっち側の人なのかもなぁ」


「そっち側、ですか?」


 僕はその不思議な物言いの意味を尋ねたが、電源を入れたばかりの如月先輩の携帯に連絡が入ってその質問はスルーされる。


「はい、もしもし」


 端の方で静かに電話に出る如月先輩は、厳しそうな顔をしていた。もしかしたら、妹さんに、なにか……。僕がハラハラしながら見つめていると、次の瞬間如月先輩の顔はパッと明るくなった。


「そうですか、ありがとうございます。よかった……」


 その言葉で理解する。

 妹さんの病状は最悪を脱したのだ。

 隣で同じようにその状況を理解した明石さんが、寄り掛かっていた壁からずるずると床にへたり込む。


「よ、よかったー」


 本当にほっとした表情だった。それだけ、如月先輩の妹さんのことを心配していたのだろう。僕も思わず顔をほころばせていると、後ろから朱里に肩をつつかれた。


「ちょっと来てほしい」


 朱里は歩き出して、僕を手招きした。

 演劇部の面々に見つめられているのがどうにもくすぐったかったが、僕に断る理由はない。

 僕は静かに朱里の後ろについて行く。


 僕らは二人で図書館を後にして外に出る。

 時刻は5時ごろ。

 まだ少し、明るい時間だ。

 朱里は演劇部室へと向かうようだった。


「蒼斗!」


 その途中で僕は聞き覚えのある声に呼び止められる。

 懐かしいその声は、僕の、姉だった。


「ね、ねえちゃん」


 僕は少し身構えながら、かつてそう呼んでいた呼び方で彼女を呼ぶ。頭の中では、姉、と少し距離を置いて呼ぶようにしていたが、現実彼女を呼ぶ呼び方を僕はそれしか知らない。


 姉は僕の方に近寄ってくると、いきなりそこで頭を下げた。


「蒼斗、ごめんなさい」


 僕はその言葉に驚く。僕のそんな表情を見た姉は、怒涛の勢いで言葉を紡ぐ。


「あんなことして、許されることじゃないってわかってる。でも、私も今、なんであんなことしたかわからないの。熱にうなされていたというか、なんというか。きっと一時の気の迷いだったの。だから、安心して。信じられないかもしれないけど、もうあんなことしないし、私にそんな思いないんだ。だから、家に戻ってきてくれないかな?」


 僕は彼女の言葉が真実かどうか計りかねる。そんな僕に後ろから朱里がささやきかけてきた。


「彼女の言葉、全部本当。どうするかは、蒼斗決めればいい」


 朱里の言葉で僕は決心がつく。


「ねえちゃん、わかったよ」


 ねえちゃんの顔がぱっと明るくなった。でもごめん、ねえちゃんの望むようにはできないんだ。


「でも、僕はもう家には戻れない」


 ねえちゃんの顔が一瞬で暗いものに変わる。


「理由を聞いてもいいかな? やっぱりあんなことしたお姉ちゃんとは一緒にいられない?」


 僕は彼女の言葉にこたえる前にちらりと朱里の方を見る。


「僕には守りたいものがあるんだ。それを守るには、家じゃダメだってわかったんだよ」


 僕の言葉に目をぱちくりとさせるねえちゃん。

 伝わらなかったか、と僕は唇を噛んだが、ねえちゃんはしばらくすると微笑んで答えてくれる。


「わかった。でも、たまには家にも遊びにきてよね」


 僕が、ねえちゃんが理解をしてくれたことに涙ぐみながらうなずくと、ねえちゃんは顔に満面の笑みを浮かべて、こういった。


「頑張るんだぞ、弟よ」


 その言葉を残して、姉は去って行った。


「よかったの?」


 朱里は僕に近づいてきて、そう聞く。


「巻き込みたく、ないから」


「ごめん」


 朱里は僕の真意にすぐ気づいて、謝る。


 僕はそんな朱里を自分の胸元に抱き寄せた。


「朱里は悪くないよ」


 一瞬の抱擁のあと、僕は朱里に向き直って言う。


「行こうか」


 二人で歩き出す。

 目的地である部室に向かって。

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