最終話 柊木朱里

 僕と朱里は真っ暗な部室の中に二人入る。

 そして自然と二人でベッドに腰かけた。


「さっきの、お姉さんに、言った言葉」


 暗い中、朱里がこちらを見つめてくる。


「あれ、守りたい、のって、お姉さん、だよね?」


 僕は朱里の言葉に苦笑する。

 確かに、あの状況で守りたい、と思ったのは、姉だった。僕が朱里といることで、ねえちゃんにまで影響を及ぼしたくなかったのだ。


「まあね」


 僕の言葉にちょっと寂しそうな顔をする朱里。そんな彼女を再び僕は抱きしめる。


「朱里のことは近くで守るよ」


 そして朱里の耳元でささやく。すると抱きしめて触れ合っている朱里の頬が少し熱くなる。


「それ、フォローみたいでちょっとやだ」


「ごめん」


 僕は謝って彼女から離れようとする。すると朱里は自分から離れられないようにぎゅっと僕を抱き締めた。

 朱里のその行動に、僕の胸が熱くなる。

 

「でも、嬉しい」


 朱里の声が僕の耳の中でとろける。


「だから、私の秘密、教える」


「秘密?」


 僕が尋ねると、朱里はふふ、と笑った。


「関わった人に影響を及ぼす、二次元病。なのに、私が、どうして演劇なんてやってる、と思う?」


 朱里の言葉に確かに、と僕は思う。

 演劇とは、たくさんの人に影響を及ぼすものだ。それを、二次元病を持つ朱里がやるということはすなわち、大変なことになるのではないか。

 体がぞくりとする。恐怖が体を駆け抜ける。


 触れ合っている朱里もそれを感じたのか、さらに強く抱きしめてきた。そして、僕の耳元でささやく。


「私、公演、やるとね。近くにいるひとの、二次元病の影響、リセットされるみたいなの」


 僕はその言葉に先ほど起こった出来事を思い出す。

 危機を脱した如月先輩の妹さん、そして元に戻ったねえちゃん。


「なるほど」


 僕は納得する。彼女が演劇を続けている理由を。

 そして同時に少しほっとした。二次元病に対応策があるということに。


「だから、公演前、トラブルで大変、それでも私は、演劇をする」


 義務感漂う彼女の言葉。

 その言葉に、僕は心配を覚える。

 もし彼女が演技をできない状況に追い込まれたらどうなるのだろう。

 そもそも、彼女は演劇をつらいものと思っていないのか。


「朱里は演技好き?」


 思わず尋ねた僕の言葉に、彼女は小さくうなずく。


「大好き」


 その幸福そうな言い方に、僕はちょっと嫉妬を覚える。少し、意地悪をしたくなる。


「僕とどっちが好き?」


 僕の質問に朱里は楽し気に笑う。

 そして、即答してくれる。


「蒼斗の方がずっと好き!」


 僕は、その言葉で天にも舞い上がりそうな幸福を覚える。


「かえろっか」


 彼女が僕の体から手を離し言ってくる。


「うん」


 僕はそう言って、彼女の唇にキスする。


 彼女は少し顔を赤らめると、僕の手に指を絡めて立ち上がるように促す。


 二人そろって部室を出る。


 二人手を繋いで、夕暮れの廊下を歩く。


 幸せなひと時が、僕らを包み込む。


 それがたとえ、たった一瞬の幸福であっても。


 すぐに、二次元病の病魔によって消されてしまうものであっても。


 僕らはそれを、大切に思う。


 それを大事にして生きていく。



 僕の彼女は二次元病。

 僕と彼女はこれからも、二人で一緒に生きていく。


                         第一部 完

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僕の彼女は二次元病!? 篠騎シオン @sion

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