第20話 如月先輩
「今、僕って言ったよな?」
翡翠が繰り返す。その顔は驚きに満ちていた。
それはそうだ。僕が一人称を俺に変えるのにどれだけ努力したか知っているからだ。
僕に詰め寄ってくる翡翠。
その間に朱里先輩が入り込む。
「部活、しよ?」
翡翠の追及を断ち切るようなその行動に、翡翠は僕と先輩を交互に見つめる。
そして、僕らから静かに背を向ける。
「なるほどね」
その背中は少し寂しそうだった。
「ひす……」
俺は翡翠に声をかけようとするが、近くでこちらを見つめてくる先輩の目に捕えられてしまう。
「部活」
先輩がそうつぶやくと、僕は反射的に応じてしまう。
「わかりました」
僕は先輩のこの魔力から逃れられそうにない。ただでえ、先輩の魔力は常人に対して威力を発揮するのに、恋の魔法までかかっている僕にはどうしようも……ごめん、翡翠。
部室内に重く苦しい停滞した空気が押し込める。
「部活って、何するんですか?」
その空気を断ち切ったのは意外にも、そしてありがたいことにも翡翠だった。
「ああ、そうね。朱里、今日は何する?」
翡翠のその言葉に仲田先輩も便乗する。
「演技なら任せてください!」
明石さんも張り切っているようだ。
朱里先輩はみんなに見つめられながら、指揮をする。
「まず、奥の部屋に移動。それから、二人一組で、
「インプロ?」
聞き返したのは翡翠だ。そんな翡翠に、明石さんが馬鹿にするかのように言う。
「あなたインプロも知らないで演劇部に入ろうとしてたの? インプロって言うのはね、役者が脚本を用いず、即興で演じる劇のことよ」
鼻高々に言った明石さんに翡翠はにっこりと微笑みかける。
「ありがとう、明石さん。俺、演劇のこと全然知らないからこれからも教えてほしいな」
「あ、うん……」
明石さんの顔が赤くなる。
こういう翡翠のなかでは自然な行動で、何人の女の子が勘違いをし、告白し、傷つけられてきたことだろう。僕は、その正確な数を知らない。
「奥、いこう」
朱里先輩が奥の舞台のある部屋へと僕らを先導する。僕の隣を歩く明石さんは随分うきうきしているようだ。
奥の部屋に入ると、ステージ上にスポットライトに照らされて一人の男の人がいた。彼は、椅子に座り、静かに本を読み進めている。
その姿は、男の僕からしても美しく、見とれてしまうほどだった。
身長は高め、優し気な目をした、おそらく先輩。
隣の明石さんがその美しさに思わず息を飲む声が聞こえる。
その先輩はふと本から目をあげ、俺たちの姿に気付くと微笑みながら立ち上った。
「新入部員? 初日から随分たくさんだね」
先輩はそう言いながらステージから、飛び降りてきれいに着地する。
「そうなんです、朱里の新入生歓迎公演のおかげですかね」
仲田さんが答える。二年生の仲田さんが敬語を使っているということは、3年生の先輩なのだろうか。
「こんにちは、俺は三日月翡翠です。入部希望です。よろしくお願いします」
一年生の中で自己紹介の先陣を切ったのは翡翠だった。
「明石れもん。同じく入部希望です。よろしくです」
明石さんもそれに続く。
「僕は……」
僕も自己紹介をしようとしたところで、先輩に止められる。
「君はいいよ。有名人だからね」
そう言って笑う先輩。
有名人、僕が? 僕が首をかしげると、仲田さんが笑いながら説明してくれた。
「そりゃ、われらが部長に入学初日に告白した男子生徒がこの中で有名人じゃないわけないでしょ」
僕は、その言葉に全身が熱くなるのを感じた。
恥ずかしい。
「入学初日に! すごっ」
明石さんも反応している。翡翠がからかってこないだけマシか……。
そう期待して翡翠の方を向くと、翡翠もにやにやとしていた。
味方がいない……。
いや、味方ならいるじゃないか。
僕と同じく話題の中心である朱里先輩なら、この恥ずかしさを共有してくれるはず……。
「柚子、自己紹介してない」
朱里先輩は顔色一つ変えておらず、例の男の先輩に自己紹介を促していた。
演技だと、思いたい……。
「ああ、そうだね。俺は、
一応という言葉が、引っかかる自己紹介だった。
「自己紹介、終わり。活動、始める」
朱里先輩の言葉に、僕ら一年生の心が引き締まる。
隣の明石さんなんて、今にも発狂しそうなくらい嬉しそうだ。
「二人一組でしょ? まず、ジャンケンで決めようか」
グーとチョキとパーで組み分けをした結果。
翡翠と仲田さん、如月先輩と明石さん、
そして、僕と朱里先輩という組み分けになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます