第19話 乱入者

「ちわーっす」


 そう言って部室に入ってきたのは僕のよく知る人物だった。


「翡翠、どうしてここに?」


「まあ、あることを知ったせいかな」


 驚いて僕が翡翠に尋ねると、翡翠はにやりと笑って答えた。


「あること?」


 僕が聞き返すと翡翠はふっふっふと笑って、胸を張って答えた。


「なんと、うちの学校兼部おっけーらしい! ですよね、仲田先輩!」


 そう言って得意げになりながら、翡翠は仲田さんに同意を求める。すると、彼女もすぐにうなずいて翡翠に同意した。


「ああ、そうだよ」


「じゃあ、翡翠も演劇部に?」


「そうしようかと思って! 蒼斗のこと心配だし、それに親友の恋を近くで見たいしな。吹奏楽と兼部なんで毎日は来れないと思うけど、いいですか? 朱里先輩」


「問題ない」


 朱里先輩は小さくうなずきながら返答する。


「よっしゃ」


 翡翠は小さくガッツポーズした。そして、ベッドの近くで軽く固まっている明石さんを見つけると、近づいて手を差し出した。


「あ、君も新入部員? 俺、三日月翡翠。よろしくね」


「あ、はい。よろしくお願いします。明石れもんです」


 翡翠の勢いに圧倒されて、明石さんは少ししどろもどろになりながら返答する。ゆっくりと交わされる握手。

 明石さんはその握手の間に正気を取り戻したようで、はっとして、翡翠から手を離し、朱里先輩の方へと詰め寄った。


「先ほどの光景と、翡翠君のお言葉……もしかしてお二人は付き合っているのですか?」


 朱里先輩はその言葉に一瞬驚いて、目を見開くが、すぐに通常の表情に戻った。


「そう」


「くわー!!」


 その言葉に明石さんが悶える。


「演劇やってるのにリア充とか。リア充とか!!」


 演劇をやる上にリア充になってはいけないなんて定義があるのだろうか。


「あ、今そこの人。演劇やるのにリア充じゃいけないのかって思ったでしょ」


 みんな心を読むのがうまいな。


「ま、まあ……」


 僕が返答すると明石さんは目を三角にして詰め寄ってきた。


「リアルが充実してたら、演劇の世界に没入しにくいでしょ。現実を離れて虚構の世界に身を全ておけてこそ、一つの演技を大成できると思うんですよ! だから、リア充になるなんて、絶対いけ……」


 そこで朱里先輩が僕と明石さんの間に割り込む。


「蒼斗君と付き合うことで、私の演技が、落ちた、とあなたが判断したら、わかれても、いい」


 その言葉に、その場にいる一年生三人は驚く。

 それと同時に、僕は朱里先輩に惚れ直す。それだけ、舞台にかけている朱里先輩をかっこいいと思う。


「まあまあ、落ち着きなって」


 固まる一年生一同をとかそうと、仲田さんがその場を取りなす。


「明石さんは、朱里の演技をよく見ておく。朱里と蒼斗君は部室で出来るだけいちゃつかない。翡翠君は……特になし。以上!」


 仲田さんは言い切ると、朱里先輩の傍による。


「それと、朱里。そんなこと言ったら、付き合ったばかりの恋人君が拗ねちゃわないか?」


 仲田さんの言葉に、翡翠が何度もぶんぶんと頭を縦に振る。僕もその言葉で気付く。朱里先輩が演劇と僕を天秤にかけ、演劇により重きを置いているような発言をしていることに。

 ただ、二人のそれは全くの杞憂だ。僕は気にしない。


「私は、蒼斗君のこと、信じてる」


 朱里先輩が僕の目をまっすぐ見つめて言ってくる。僕はその言葉だけで天にも舞い上がる勢いだった。


「やれやれ。このカップルは……」


 仲田さんは苦笑を浮かべながら言う。ただ、またすぐに表情を変えて小さな声でつぶやいた。


「まあ、朱里の場合、付き合ったからってリアルが充実して幸せになるとも限らないしな……」


 その言葉で今日書いた誓約書が思い出される。


「さてと!」


 仲田さんは再び表情を戻すと、僕に向かって言ってきた。


「君の質問に対する答えがまだだったな。蒼斗君、僕も演劇部に所属しているんだよ」


 そういえばそんな質問もしてたなさすがの記憶力だと関心した後、仲田さんの言葉を脳内で処理し、その言葉に驚く。


「生徒会の上に、演劇までやっているんですね!」


 僕が言うと、仲田さんは困ったように笑った。


「蒼斗君、そっくりそのままその言葉を返せるよ」


 見ると、翡翠もにやにやとしている。


「なんなんだよ」


 僕が少し怒り気味に言うと、優しい翡翠はすぐに教えてくれた。


「学級代表は、生徒会所属になるんだよ。この学校では、生徒会は委員会扱いなんだ」


 翡翠の言葉に若干のラグの後僕の頭が追いつく。


「確かに、僕委員会入ってなかったな……」


「僕……?」


 僕の変化した一人称に、翡翠が驚いたように反応した。

 

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