第18話 新入部員

 しばらく僕と朱里先輩は抱き締めあっていた。

 先輩の体温は低く、冷たい。

 でも、ずっとそうしているうちに僕の体温が伝わって少しずつぬくもりを帯びていった。


「蒼斗君、暖かい」


 先輩もそのことに気付いたのか、そう言って微笑む。

 好きな人と、触れ合っていることはこんなにも幸せなことなんだ。

 これを知らずに生きている人たちにこの幸福を伝えたい。

 いや、でも。

 一人占めしたい……。


「あの、演劇部の部室ってここですよね?」


 僕がそんなことを考えていると、突然入り口から大声が聞こえた。

 僕と先輩は、その声の主を抱き合ったまま見つめる。


 部室の入り口にいたのは、やせた背の低い少女だった。髪は短く、毛先がくるりとカーブしている。少女全体からその性格のきつさが漂ってくるようだった。


「そう」


 朱里先輩は僕から離れ、僕と少女の間へと立つ。

 僕が彼女にとられるとでも思ったのだろうか、可愛い……。


「私、入部希望なんですけど」


 少女は少しふてぶてしく言いながら、俺と先輩をにらんできた。恐ろしい。


「それ、演技の練習がなにかですか?」


 少女は口を尖らせながら言う。

 そこで、僕はああそうか、と気づく。


 この少女は演劇がとても好きで、自分がいない間に練習が始まっていたと思い込んで拗ねているのだ。

 朱里先輩もそれに気づいたようで、小さく笑うと少女に向けて言った。


「残念ながら、練習じゃない。本番」


「本、番……?」


 少女はその言葉を聞いて、目を白黒させる。少女はゆっくりとかみしめるようにその言葉を繰り返すと、数秒後、顔がりんごのように真っ赤になった。


「す、すみませんでしたー!」


 部室を飛び出していく。廊下をばたばたと走る音が聞こえた。


「わるいことしちゃった?」


 朱里先輩はそう言って首をかしげる。


「まあ、いいんじゃないでしょうか」


 早速、同じ部活の同級生に朱里先輩との関係がばれたわけだが、問題ないだろう。

 僕は、先ほどの幸せがもう一度欲しくなって、朱里先輩に抱き付こうとする。


「だーめ」


 朱里先輩はまた僕の唇に手を当ててきて、その行動を制止する。


「部活、しよ?」


 朱里先輩が、可愛らしくそう言ってきた。こんな顔をされて、嫌だと言えるほど、僕は朱里先輩の可愛らしさの魔力に耐性がない。


「おうおう。カップルお二人は初日からお熱いことですな」


 再び、入り口から声が聞こえる。

 声の主は、仲田さんだった。誰か、一人の女生徒の襟元を掴んで引きずっている。


「紫乃、その子」


「ああ、この子? ここから、走って逃げていこうとしてたから捕まえておいた」


 仲田さんは、そう言って女生徒を部室のベッドに放り投げる。

 それは、先ほどの気の強そうな少女だった。


「ごめんなさいー……」


 少女は顔を隠しながら僕たちに向けてそう言う。


「別に気にしてない」


 優しい朱里先輩はそう言う。すると、少女は顔を隠していた手をぱっと取り払い、顔を輝かせた。


「本当ですか!」


 朱里先輩に詰め寄る。


「うん、本当」


 朱里先輩は彼女を安心させるように言った。すると、彼女は安堵の表情を浮かべて、ベッドにぼすんと横たわった。


「よかったー」


 そういいながら、大きく伸びをする。そして、猫のようなしなやかなばねを使って、ベッドからすぐに起き上がる。


「私、明石あかいしれもんって言います。入部希望です。中学でも演劇やってました。よろしくお願いします!」


「部長の柊木朱里。歓迎する。よろしく」


 朱里先輩は静かにそう言う。

 今更ながら朱里先輩って部長だったんだな、と僕はぼんやりと考える。


「それで、君は?」


 明石さんが僕の方を向いて言ってくる。


「……僕は神崎蒼斗。同じく新入部員。よろしく」


 その言動のパワフルさに僕は一瞬どもってから、反応する。

 この少女はきらきらすぎる。

 付き合っていくのが大変かもしれない。


 そんなきらきらした少女の顔から視線を逸らしたくて、遠くからこの物事を見つめる仲田さんに話をふる。


「仲田先輩はなんで、演劇部の部室にいるんですか? 生徒会は?」



 僕の問いに、仲田さんが返答しようと口を開きかけたその時、


「ちわーっす」


 部室に本日3度目の乱入者が訪れた。

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