第30話 初デート
デートと言っても放課後だ。
遊園地や映画館、そんなデートスポットにいきなり行けるわけじゃない。
「どこに行きましょうか?」
とりあえず、部室の鍵を閉め学校を出る。そして、二人並んで歩きながら僕は言う。
「どうする?」
朱里先輩はその言葉に質問で返す。彼女もデートというものになれていないのかもしれない。
二人で行く当てもなく無言のまま歩く。
そうしているうちに、格安のハンバーガーショップの近くを通った。
朱里先輩がその看板をじっと見つめて立ち止まった。
お腹でも空いているのだろうか。
「食べていきます?」
僕が聞くと、朱里先輩は微妙な表情を浮かべた。
「私、目立っちゃうよ?」
朱里先輩の言葉で、僕は再び彼女の全身を見つめる。
……確かに目立つ風貌をしている。
でも、それがなんだ。
朱里先輩が食べたいなら、そうすべきだ。
「僕は気にしませんよ。行きましょう」
僕は朱里先輩の手を取って、ハンバーガーショップの中へと誘う。
初デートが、ハンバーガーショップというのは少しチープな気がするが、そのカップル次第だ。あまり気にすることではないだろう。
店内に入ると、朱里先輩は僕の横で目をキラキラと輝かせていた。
その様子を見て、僕は尋ねる。
「こういうとこ、来たことないんですか?」
僕の問いに彼女は小さく首を振る。
「来たことはある。でも、落ち着いてこれたのは始めて」
「それって……」
二次元病のせい?
僕はその言葉を飲み込む。
楽しいデートの最中にいう言葉ではない。
「なに食べます?」
代わりに彼女にメニューを渡す。
僕は、いつも食べるものが決まっているので、メニューを見る必要はない。
先輩は何が好きなんだろう。
先輩は少しの間メニューを見ていたが、小さく首を振ってメニューを閉じてしまった。
「たくさん、ありすぎて決めれない。蒼斗君、何食べるの?」
参考までに、といった感じで朱里先輩が聞いてくる。
「チーズバーガーですかね」
僕はお決まりの安くもなく高くもないその商品を口にする。
「じゃあ、私もそれ」
そう言うと彼女はレジの方に向かっていってチーズバーガーを注文し、会計を済ませてしまった。
ファストフード店らしい速さで、チーズバーガーが手渡される。
すぐに彼女はハンバーガーの乗ったトレーをもって、こちらへ戻ってきた。
「蒼斗君、いこう?」
朱里先輩が席に向かおうとしていることで、片方のハンバーガーが自分の分であることに気付く。
「え、これ。僕の分?」
「うん。私のおごりね」
僕はその言葉に慌てて財布を出す。
「ダメですよ。せっかくの初デートくらい、僕に出させてください」
僕のその言葉に、朱里先輩は小さく首を振る。
「連れてきてもらったお礼。受け取って?」
綺麗な瞳に見つめられて逃げられない。
僕は小さくため息をつくと、うなずいて了承した。
「わかりました。でも、代わりに後で何か買わせてください」
朱里先輩はその言葉に嬉しそうに微笑む。
「プレゼント、楽しみ」
その笑顔に、僕はどぎまぎしてしまう。
それと同時に、全く考えていなかったプレゼントの内容を考え出す。この辺で、なにか買えるものはあっただろうか。
「食べよ」
僕と朱里先輩は、向かい合わせで席につく。
出来るだけ、目立たないような奥の席だ。
「はい」
二人でハンバーガーにかぶりつく。
ただ、僕の頭の中はプレゼントと目の前の朱里先輩のことでいっぱいで、ハンバーガーの味どころではなかった。
「美味しい」
一方朱里先輩は、チーズバーガーをおいしそうにほおばっている。そんなにおいしかっただろうか。
「美味しいですか?」
「好きな人と同じもの、食べると美味しい。幸せ」
朱里先輩のその返答に僕はくらくらくる。好きな人、そう言ってもらえるのがたまらなく幸福だ。
「僕もうれしいです」
素直に言葉が出る。朱里先輩はその僕の言葉に驚いたように目を見開くと微笑んだ。
「蒼斗君、素直」
僕は少し恥ずかしくなって下を向く。朱里先輩の前ではどうにも素直になってしまう。自分の素が隠しきれない。時には自分の欲望すら隠しきれなくなりそうで恐ろしい。
「朱里先輩……」
自分の欲望、そのキーワードで先ほどの感情が思い出される。
あの欲望の源泉は朱里先輩のことをよく知らないということ原因だ。
ならば、朱里先輩のことをもっとよく知れば、少しずつこの気持ちをコントロールできるようになっていくのではないか。
「もっと、先輩のこと知りたいです」
「私も、蒼斗君のこと知りたい」
否定の言葉じゃなく、同じ気持ちであることがただ嬉しい。
「先輩のこと、教えてください」
僕がそう言って頭を下げると、朱里先輩の小さな笑い声が聞こえた。
「私たち恋人同士。なんでも教える。蒼斗君も、隠さず教えて」
そして、テーブルの上に置かれた僕の手に朱里先輩の手が重ねられる。
「距離、縮めよ?」
触れ合っている手から、朱里先輩の少し低い体温が伝わってくる。
僕が顔をあげると、朱里先輩の優し気な表情がこちらに向けられている。
「自己紹介から。そして、呼び捨てから……私、柊木朱里。よろしく、蒼斗」
こうして、僕らはお互いのことをよく知るための自己紹介を始めるのだった。
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