第40話 お風呂
ピピピピピピ
給湯器のアラームが僕の部屋まで響いてくる。どうやら、風呂がたけたらしい。
僕は、クローゼットの中から着替えを取り出すと風呂場に向かう。
脱衣所兼洗面所で服を脱ぎ、浴室の中へと入る。
僕は、体や髪を全て洗ってから風呂に入る派だ。そっちの方がゆっくり入れる。
すべて洗い終わり、僕は湯船へとゆっくり体を鎮めた。
「ふー」
思わずため息が出る。
実は、僕は風呂はあまり好きじゃない。
だって、頭の中でいろんなことが思い出されてしまうから。
今日は本当にいろいろなことがあった。
如月先輩の妹の病気の件。
明石さんが暴走して部室を出て行ってしまった件。
ねえちゃんが……なんだか落ち込んでいる件。
風呂の暖かさに体を預けながら、ぼーっとそれらのことを考える。
僕がそうしていると、脱衣所からがさごそと音が聞こえてきた。
大方、ねえちゃんが洗濯しているのだろう。
そう思っていた僕の予想は、大きく裏切られることになる。
突然、浴室の扉が開く。
間違って開けたのか。
僕は慌てて自分の体の大事な部分を手近にあったタオルで隠しながら、開けられた扉の方を見る。
……するとそこには、一糸まとわぬ、僕の姉がいた。
「ちょ、ねえちゃん、ぼ、ぼ、僕、先に入れって、え?」
僕は懸命に目を逸らしながらねえちゃんに言う。
僕は何も見ていない。胸のふくらみとか、その下とかなにも、見ていない、見ていない……。
「言ったよ」
ねえちゃんは少し上ずった声で、ただ落ち着いた様子でそう言う。
「蒼斗、久しぶりに一緒に入ろっか?」
ねえちゃんがふんわりと笑う気配がする。
だが、僕は彼女の方を再び向くことが出来ない。
だって、家族とはいえ、裸の女が目の前にいたら、直視出来る筈がないじゃないか。
「い、嫌だよ。入りたいなら、出るからね!」
僕は必死に自分のタオルを抑えて立ち上がり、浴室を出ようとする。
その腕をねえちゃんが掴んだ。
「ねえ、蒼斗。彼女さんと、どこまで行ったの?」
キスもしていない。
ただ、ねえちゃんに対してここで見栄を張らないと、離してもらえない気がした。
「本当に知りたいの?」
脅しをかけるように僕は、彼女の方を向かないで言う。
彼女が息を飲む音が聞こえた。
察してくれ、そして誤解してくれ。
「ねえちゃん、それ知ったら傷つくんじゃないの?」
僕は再び彼女に圧をかける。
僕の腕を握る力が強くなる。
「……やっぱりお姉ちゃんじゃ、ダメかな?」
姉が悲し気に言う声がする。
『なにもかも二次元病のせいだ』
僕は姉の手を振り払う。
「ごめん、駄目だよ」
僕はそう言って、浴室を出る。
さらには着替えもせず、自室へと戻り、部屋の鍵を閉める。
自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。
今起こった出来事に脳みそがついて行かない。
ただただ頭の中で、『二次元病のせいだ』という言葉が響く。
僕はクローゼットから、外出用の服を引っ張り出す。
姉から離れて頭を冷やす時間がほしかったし、同じく、姉にも頭を冷やす必要を感じたからだ。
そしてなにより、このおかしな状況から逃げたかった。
着替え終わると、僕はスーツケースを引っ張り出し、当分の着替えや授業道具をその中に詰め込む。
『二次元病のせいだ』
まだ頭の中で声が響いている。
荷物をつめ終わった僕は、廊下に耳を澄ます。
音は聞こえない。
姉はまだ、風呂場にいるようだ。
僕はひっそりと出来るだけ早足で、家を抜け出す。
必死に歩いて、それなりに家から距離のある公園にたどり着く。
「ここまでくれば……」
自分の体の緊張が少しだけ解ける。
緊張の糸が解けたあまり、ベンチに座りこんだ僕は、動かない頭でこれからのことを考える。
どうしよう。
とりあえず今夜はもう家には帰りたくない。
携帯を取り出し、ぼーっと見つめる。
助けを求めるとしたら誰だ。
アドレス帳のお気に入り欄。
登録されている番号は少ない。
思考がつまった僕の手は、その中の一人に自然に電話をかけていた。
数コールの後、親友が電話口にでる。
「お、どーした?」
いつもと変わらない翡翠の声に、安心して目から自然に涙が流れていく。
「ど、どーしたんだよ、大丈夫か?」
僕の泣き声が聞こえたのか、慌てた様子の翡翠が聞いてくる。
「朱里先輩にフラれでもしたか?」
「そっちの方がまだよかったよ……」
翡翠の言葉に僕は思わずつぶやく。
「お前、いまどこにいる?」
僕の返答に深刻さを感じたのか、翡翠の声のトーンが変わる。
「外」
「家に戻る気は?」
「……ない」
「じゃあ、今夜はうち来い。母さーん、蒼斗泊りにくるけどいいよなー?」
後半は、近くにいるのであろう、家族に向けた言葉。
いいわよー、電話の奥から翡翠のお母さんがそう答える声がする。
確認をとった翡翠は、また僕の方にしゃべりかけてくる。
「できるだけ、早く来いよな」
その言葉が頼もしくて、僕は何度も電話のこちら側でうなずく。
「ありがとう」
「気を付けて来いよ」
「うん、後で」
その言葉で通話を切り、僕はふらふらと今夜の宿泊先である翡翠の家へと向かう。
『二次元病のせいだ』
声はいまだに、頭の中で響いていた。
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