第1章 出会い

第1話 桜の木の下で

 4月5日 四季砦しきさい学園入学式


 俺、神崎蒼斗かんざきあおとは、今日から入学する学校に向けて歩みを進めていた。


 周囲には、きらきらと目を輝かせた同級生たち。

 新たな学校に通うというコトは、そんなに心躍ることなのだろうか。

 俺は、夢と希望にあふれた彼らのきらめきにあてられて、次第に道の隅へと追いやられる。眩しくて、鬱陶しくて目が潰れそうだ。


「はぁ…」


 俺はため息をつきながら、校門近くにある大きな桜の木の下へと退避した。

 幸い、まだ入学式までは少し時間がある。人が少なくなってから行けばいい。


 木陰へと入り、ポケットからスマホを出してゲームを起動させる。たいして面白くはないゲームだが、暇つぶしにはなるはず。


 俺は再び小さくため息をつく。

 


 ……俺は、このきらきらとした空間にあって異質な存在だ。

 でも、俺がおかしいわけじゃない、そう思う。

 だって、ちょっと考えたらわからないか?

 中学から高校へと環境が変わったところで、人間の本質は変わらない。

 夢みたいな、奇跡みたいな、そんな変化はおこりっこない。

 そんな”二次元”的な展開なんてありえない。

 俺は知っている。

                   ——ここは現実だ。



「ごめん、落ちる」


「は?」


 頭と体に急に衝撃が走り、俺は思わず目をつむった。

 体が重い。何かに乗られているみたいだ。

 脳みそが起こった事象についていけず、フリーズする。なにも起こらないと高をくくっていたせいなのか……。


「落ちるって言ったのに」


 瞼の向こう側から何者かの声が聞こえてきた。

 

「ちゃんと言ったんだからよけて」


 美しい声だった。

 謎の声を聴いているうちに、次第に脳のフリーズ状態が収まっていく。

 そして、体の重みと声の距離感で、木の上から声の主が降ってきた、ということを理解する。

 これは、かなりの非日常的事態だ。

 俺はその状況に対応すべく、これ以上驚かないぞ、と覚悟を決めて、そっと目を開けた。


「えっ!?」


 覚悟を決めたにも関わらず、俺は声を発してしまう。

 目の前にいたのは、白銀の髪を携えた少女だったのだ。

 現代日本ではありえないような髪の色。でも、驚きはそこだけじゃない。

 彼女の瞳は青色だった。俺はその瞳の美しさに目を奪われる。

 ほかの、なにもかもを忘れてしまいそうになるくらいに。


「そろそろ時間。私、いくね?」


 しばらく続いた二人が見つめあう時間は、少女のその言葉によって終わりを告げる。言葉とともに、どこからともなく、彼女は大きな傘を取り出し、さした。

 そこで俺は彼女が大きな帽子にマフラーをし、日光をよけていることにやっと気づく。だが、気付いたところでどうなのだ。彼女の美しさの前では、思考は正常には働かない……。


「あの!」


 俺は、去って行こうとする日傘の少女に声をかけた。

 すると彼女は、俺の方を振り返って、とても美しい微笑みを浮かべた。


「新入生でしょ? 遅刻するよ」


 少女はそう言って、校舎内へと消えていく。

 そんな彼女の姿を俺はぼーっと見送った。


 彼女の姿が見えなくなってしばらくして、俺はやっと正気へと戻る。

 いつのまにか、周囲にはすでに誰もいなくなっていた。

 慌てて時計を見ると、入学式開始5分前。

 

「まずい!」


 俺は叫びながら、慌てて校舎へと駆け込む。




 これが、俺の人生を大きく変えることになる少女との出会いの一部始終だ。

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