第22話 予定調和

 二人が舞台にあがると、今度は朱里先輩がカウントダウンを始める。


「さん、に、いち」


 パンッ


 手拍子とともに舞台の空気が作られる。

 ただ、それは如月先輩と明石さんの時よりも、少し拙いものだった。

 二人の背後にはぼんやりとゲームセンターらしき世界が浮かんでいる。

 

「頑張れー、ゆう君」


 仲田さんが何かボールのようなものを顔の前で構える翡翠を応援している。

 そのモーションからして、おそらくボーリングだろう。

 翡翠が持っている球を投げる。


  カコン


 遠くで小さくボールがピンに当たる音が聞こえた気がした。


「きゃー、すごい。ゆう君。9連続スペアだぁ。ボウリング、ほんとに上手だね!」


 語尾にハートがついているような話し方をする仲田さん。


「上手、かなぁ。スペアしか取れないし……」


 一方翡翠はいつも通りという感じだった。

 あくまで自分のスタンス、自然体を壊さない。

 これも、一つの演技なのかもなぁと僕は優秀な親友に感心する。


「それでも、上手だよ!」


 翡翠の手を取ってぴょんぴょんと跳ねる仲田さん。

 翡翠はその様子に微妙な表情をしている。なにか、気になることでもあるのだろうか。


「あのさ」


「うん、なに?」


「なんで、俺のこと、ゆう君って呼ぶの? 俺、苗字にも名前にも”ゆう”なんて入ってないんだけど……」


 言われた言葉にきょとんとする仲田さん。


「なんでって、YOU、あなたって意味のゆう君だよ!」


「あ、あなた?」


 仲田さんは翡翠の手を離すと人差し指を立てながら解説を始める。


「つまりだよ。ゆう君と私は、名前を呼びあうまでの関係じゃないってこと!」


「は、はい?」


 狼狽する翡翠ことゆう君。

 そりゃそうだ。

 あんなカップルみたいな雰囲気から状況が一転しすぎてる。

 彼女、どういう頭をしてるんだ……。


「だってゆう君。中途半端なんだもん。友達以上恋人未満的な? あ、そうだ! もしゆう君がストライク取れたら、付き合うこと考えてあげてもいいよ?」


 悪戯っぽく笑う仲田さんに、翡翠は翻弄されながらも気合を入れた。


「よっし、ストライクだな!」


「頑張れー、ゆう君」


 張り切る翡翠に、仲田さんが再び応援する。


「行くぞ!」


 翡翠がボールを投げる。


「あ……」


 そして、落胆の表情を浮かべる。


「ガター……だっさ。じゃあね、ゆう君」


 どうやら、ガターだったようで、仲田さんは呆れて舞台上から退場してしまう。


「くそっ……付き合えるチャンスだったのに」


 翡翠のその様子は、同情に値するものだ。

 何しろ、付き合っているかもと思っていた女に友達以上恋人未満扱いをされ、その上、フラれたのだから。


「この!」


 翡翠がやけくそ気味にボーリングの球を投げる。


「え……?」


 翡翠の顔に驚きの表情が広がる。


「ストライク……!?」


 翡翠の顔に今度は喜びが広がった。


「ねえ、見てみて。ストライクだよ、俺、ついにとれたよ!」


 一人舞台上ではしゃぐ翡翠だが、仲田さんが戻ってくる様子はない。

 そんな状態で、翡翠は一人呆けたように立ち尽くす。


「ストライク……あれ?」


 なにがあったのか、その声とともに喜びが浮かんでいたその顔には、絶望が広がった。


「二本目に全部倒してもスペアじゃん。やっぱ中途半端。俺、かっこわる……」


 とぼとぼと翡翠が退場していく。

 それと立ち替わるように仲田さんが舞台上に姿を現した。


「ゆう君本当に中途半端だなぁ。あ、一投残して帰っちゃってる。よいしょっと」


  コロン


 仲田さんがボールを転がす。そして、そのボールがすべてのピンを倒した音が聞こえてくる。


「よし、ストライクっと。ボウリングなんて簡単なのに。もっと難しいコト、世の中にたくさんあるのにこんなのもできないなんて。ゆう君、これからきっと苦労するだろうなぁ……」


 そう言いながら、仲田さんが退場する。


 そして、舞台の雰囲気が収束した。

 僕ほか、明石さんや如月先輩が二人の演技に拍手を送る。


 舞台袖から役者二人が出てきた。

 仲田先輩は何食わぬ顔で、翡翠は少し顔を赤らめて。

 翡翠がそんな表情になるなんて珍しい。

 やはり、演技とは特別なモノなんだな、と僕は実感する。


「二人ともお疲れ様」


 如月先輩が二人にねぎらいの言葉をかける。


「ありがとうございます、柚子先輩」


 仲田さんはさわやかに返答し、翡翠は小さく頭をさげた。


「朱里、講評お願い」


 きりっと顔を引き締めて、仲田さんが朱里先輩に尋ねる。

 朱里先輩は少し考えた後、二人に向けて言葉を発した。


「よく、ねられている頭の良いコメディだった。二人、らしい。翡翠君も初めてにしてはかなり上手。でも、練られ過ぎていて即興劇の醍醐味から、少し外れてる。つぎは、もっと冒険してみると、いい」


「は、はい!」


 普段褒められてもほとんど表情を変えない翡翠がとてもうれしそうな表情をしていた。それだけ緊張して、自分の命を舞台に注いだということだろうか。


 確かに、朱里先輩の言う通り、仲田さんと翡翠らしいよく考えられた劇だった。

 僕は、大丈夫なのか……?

 そう思うと、妙に緊張してきて足が震えてくる。


「次は、私たちの番。行くよ?」


 朱里先輩の微笑みに震えていた足が収まる。

 僕は彼女に誘われて舞台上へと上がる。


「いくよー。さん、に、いち」


  パンッ


 今度は如月先輩の合図で始まる舞台。


 手拍子とともに、朱里先輩と僕の二人だけの世界が構成されていくのを感じた。

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