第16話 誓約書

 不思議な雰囲気の生徒会室。

 その中で俺は、影が発する声に問いかけられていた。


『二次元病という病を知っているかい?』


 もちろん、そんな病を俺は知らない。

 ただ、それを素直に知らない、というのではいけない気がした。


「それは、朱里先輩に関係があるのですか?」


 だから、俺はこう尋ねる。

 俺の言葉に影は小さく動く。首を縦に振っている様子が見て取れた。


「そうだ。二次元病とは柊木朱里に関係する症状のことだ」


 影はこちらに来るよう手招きしている。俺はその指示に従って、灯りの方へとよった。近くまでいくと、机の上に一枚の紙がおいてあるのが見えた。


「誓約書?」


 その紙にはそう書かれていた。俺は、静かにその紙を手に取る。

 そんな俺の様子をつぶさに観察しながら、影は説明を続ける。


「柊木朱里には特別な力がある。それは、周囲の人間に二次元的事象を引き起こす力だ。この症状は、君を思いもよらない世界に引き込むだろう。どんなに逃げたいと思っても、一度関わってしまったら逃げられない。この誓約書は、君に柊木朱里の隣にたつ覚悟があるかを確かめるものだ」


 二次元的事象。

 その言葉を聞いて、真っ先に思い出したのは翡翠との会話で出てきた中二病だ。

 だがどうやら、影の話を聞く限りそういうことでもないらしい。

 いまいち二次元病という症状について理解できないが、朱里先輩が舞台の上で特別な力を持っていることは確かだ。それに、関連することなのかもしれない。舞台の上で、何か起こるのかもしれない。


「どうやら、理解していないみたいだな。だが、これ以上僕たちにも説明のしようながないんだ。申し訳ない」


 影が謝ってくる。しかし、僕にはどうでもいいことだった。

 二次元的事象? この現実でそんなもの起こるわけがない。

 心霊現象もオカルトも、俺は信じない。

 俺は、そんなつまらないことで、朱里先輩と付き合うこのチャンスを無駄にしたりしない。


「仲田さん、俺を朱里先輩から遠ざけようとしたって無駄ですよ。みんなで脅したところで、俺はそんなオカルト的なこと信じないです。二次元的事象とか、そういうの」


 俺は、机の上に置いてあるペンをとる。


『どんなに困難な二次元病症状に出会っても、逃げない』


 誓約書に書いてあるたった一つの言葉。

 俺は、その言葉をはっきりと頭に焼き付けながら、自分の名前を記す。


 その瞬間、紙が俺のサインした部分から光だし、部屋全体へと光が広がった。

 突然の光に目がくらんで、俺は視力を失う。


「君の覚悟、確かに受け取ったよ」


 影が近くで言っているのが聞こえた。そして、影によって俺の手から誓約書が取り上げられる。


「なにがあっても逃げないこと。それだけは、肝に銘じてくれ。逃げてしまったら、とらわれてしまうから」


 その言葉とともに、影が生徒会室を後にする音が聞こえる。

 視力を失っている俺は、それを黙視することが出来ない。


 しばらくしてそっと目を開けると、生徒会室は光に包まれていた。

 部屋のカーテンは全て開けられ、俺の足もとには照明装置がいくつもおかれている。そこで、俺は自分がサインをしたときに起こった不思議な現象の真実について、理解する。


 つまり、俺がサインした瞬間に足もとの照明を作動させ、その光に目がくらんだ俺をさらに、日光で照らしたというわけだ。

 種がわかってしまえばなんということはない。俺は、小さくため息をつく。

 やっぱり、二次元的事象なんて、ないじゃないか。


 そして、ふと、先ほどの影、つまり仲田先輩のことを思う。こんな演出をするなんて、あの人……


「中二病なんじゃないだろうか?」


 生徒会室で一人つぶやかれる俺の言葉。

 それを肯定するかのように、一時間目終業のチャイムが鳴った。

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