第55話 呼び出し

5月24日 公演当日 早朝


 ピロロロロロ


 携帯の着信音で目が覚める。時刻は午前6時。まだ、かなり早い時間だ。

 こんな時間に誰だろうと、僕がもそもそと起き上がると、隣の翡翠も起き上がっていた。

 見ると、彼の携帯も光を帯びて、着信を知らせている。

 僕は自分の携帯を確認して、メールの送り主に驚く。


「……朱里?」


『早朝ミーティングをします。出来るだけ早く、部室にお集まりください』


 簡素な文面だった。

 それぞれ自分の携帯のその文面を見た僕と翡翠は顔を見合わせた。


「これって……」


「急ぐか」


 僕の言葉に翡翠が重ねるように言う。僕はうなずいて準備を始める。

 僕らが居間に行くと、もうすでに翡翠の母親は起きていて、余所行きの服にエプロンを付けて料理をしていた。


「母さん、どっか出かけるの?」


 翡翠がそう聞くと彼女は、ふふふと笑いながら僕らの朝ごはんをテーブルの上に並べる。


「今日はなんだか、あなたたちが早くいきたいって言いだす気がしたのよ」


 女の勘というやつだろうか。


「……よくわかったな。ごめん、お願いしてもいいかな?」


 翡翠が驚きつつも、彼女に送り迎えを要請する。


「もちろん、いいわよ。ほら、ご飯食べちゃって!」


 僕らは翡翠の母親になぜか急かされつつご飯を食べると、学校に行く準備をし、彼女の車に乗り込んだ。


「今日、公演あるんでしょ? 見に行ってもいいかしら」


 翡翠の母親が尋ねてくる。


「いいですよ」


「だ、駄目だよ!」


 僕が了承すると、翡翠が焦ったように拒否をした。そんなに見られたくないのか。……ここはいつもの逆襲と行こう。僕はにやりと笑うと、翡翠の母親に言った。


「是非、見に来てください」


 後部座席で隣に座っている翡翠が僕の太ももを思い切りつねってくるが気にしない。


「あら、じゃあ、いこうかしら」


 翡翠の母親は僕の言葉にそう答えて、機嫌良さげにハンドルを回した。

 そんなこんなで、僕と翡翠は彼の母親に送ってもらい、無事学校についた。時刻は7時を少し回ったところだ。


「じゃあ、また後でねー」


 翡翠の母親が手を振りながら車で去って行く。


 僕と翡翠は校舎の中に入る。

 早朝の校舎に人の気配はほとんどなく、不気味なほど静かだった。

 僕らはその雰囲気に少しびくびくしながら、演劇部室の前までたどり着く。

 僕の頭の中に、昨日の出来事がフラッシュバックする。

 悲し気な表情で僕から離れていく明石さん。

 もう彼女はこの中にいるのだろうか。


「行くか」


 翡翠の言葉で僕も決心する。おかしてしまったミスは仕方がない。向き合って、打ち勝つんだ。


 ガラガラと扉を開けると、もう、僕と翡翠以外の演劇部の面々が揃っていた。


 無表情の朱里、少し憂鬱な顔をした如月先輩、下を向いている明石さん。そして、ぼーっとした表情で虚空を見つめている仲田さん……。


「揃った、ね」


 朱里は僕と翡翠が部室に来たことを確かめると、そう言った。

 今まで別々の方向を向いていた面々が、朱里に注目する。


「今集まってもらったのは、今日の公演のため。現状を確認するため」


 朱里はみんなの顔を見まわして言う。


「蒼斗は、足はもう、平気?」


「は、はい」


 いきなり話しかけられて驚いたが、どうやらこうして一人一人確認していくらしい。僕は、自分が大丈夫だということをアピールすべく言い直す。


「治りました。大丈夫です」


 僕の言葉に朱里は満足そうに微笑む。


「次、柚子。妹さんは?」


 その言葉に明石さんが小さく声を上げるのが聞こえる。朱里はそれに気づいてはいるようだったが、順番順守なのか、如月先輩をまっすぐ見据える。


「容体は芳しくないけど、俺の心は問題ないよ」


 そう言って微笑む如月先輩。


「そう、わかった」


 朱里の目線は隣へと移る。

 目を真っ赤にはらした明石さんだ。昨日あの後、泣きはらしていたのかもしれない。


「演技、出来そう?」


 朱里の言葉に、一瞬下を向く明石さんだったが、決心したようで朱里の方を睨むように見た。


「おかしいって、まだ今でも思ってます。妹さんの傍にいてあげるべきだって。でも、柚子先輩がそう決めたなら、私はそれに従います」


 朱里はその言葉にうなずく。


「よく、決心して、くれた。あとで、温かいタオル渡す。それで、目の腫れひかせておいて」


「はい」


 明石さんは真剣な目でこたえる。

 僕は彼女のそんな様子に内心ほっとしていた。これでトラブルはみんな解決だ。無事、公演が出来そうだ。


 僕がそう思いながら朱里の方に目をやると、なぜか彼女はまだ深刻そうな顔をしていた。そして、彼女はこういった。


「さて…あとは残りの二人だね」


 まるで彼らにトラブルが起こっていないことこそが、問題だというように。

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