第37話 買い物

 明石さんの帰宅によってその日の読み合わせは中止になった。

 朱里によると、初読み合わせはメインキャラがかけた状態でやらないほうがいいとのことだ。代役をたてて、その人の感覚に慣れてしまっては後からやりづらいらしい。

 正直、今の僕は即興劇などでも自分の演技をすることに必死で、ほかの役者のことなど気にかけている余裕がない。こんな僕でも、ちゃんと役を果たせるのだろうか、心配だ。さらに、明石さんと演技とは言え触れ合わなければならない。正直、朱里以外の女の子に触るのが僕は怖いのだ。どうすれば……。


「で、どうするよ? 買い物に来たわけですが」


 延々と演技の心配をしていた僕に翡翠が話しかけてくる。

 それによって、僕は現実世界へと引き戻された。

 目の前には、たくさんのお店がずらりと並んでいる。ここは、僕らの町ではちょっと有名な繁華街だ。

 主に、女の子が喜ぶようなものを売るショップがそろっている。


「ああ、ごめん、ぼーっとしてた」


「ん、だと思ったから声かけた」


 僕は心ここにあらずになっていたことを翡翠に謝ると、彼は気にした風もなくそう言った。

 僕は周囲を見回す。

 お菓子の包装紙みたいにカラフルで甘そうな色の、たくさんの雑貨を見ていると目が回りそうだ。


 いけないいけない。

 朱里への初プレゼントを選ぶのだ。

 気をしっかり持たねば。


「これなんかどうよ」


 翡翠がそう言いながら持ってきたのは大きなクマのぬいぐるみだ。

 確かに可愛いかもしれない。

 僕は、朱里がそれを持っているところを想像して思う。悪くない。

 ただ、目の前で一生懸命もふもふしている翡翠にちょっと興がそがれる。


「お前、ぬいぐるみ、好きなの?」


「えっ?」


 聞かれた翡翠が驚いた顔をする。


「いや、さっきからもふもふと……」


「別に、そんなことないぜ」


 頬を少しだけ赤く染めた翡翠が慌てたように言う。そして、そそくさとぬいぐるみを返しに行く。


「このぬいぐるみはダメだな、学校に持っていくには大きすぎる」


 そして真面目腐った顔でいうものだから、俺は思わず吹き出してしまった。


「な、なんだよ」


「いや、なんでもない」


 俺は笑いを必死にこらえながら、あえて今発覚した翡翠のファンシーな趣味は突っ込まないでおく。誰にだって、知られたりほじくられたりしたくない趣味とか想いとかあるよな。

 普段、お世話になってる分、こういうときに返さねば。


「そっか、ならいいんだけどさ」


 翡翠は俺の言葉に安心したように息を吐く翡翠。ばれてないと思っているらしいが、一度気付いてしまえば、そのファンシーな雑貨達を見つめる爛々とした目がわかってしまう。

 それにしても長年一緒にいたのに気付かないとは、まだまだ親友レベルは低いということか?

 

 そんなことを考えながら、翡翠と雑貨を見ていく。

 あーだこーだと言いあいながら、男二人がファンシーショップを抜けていく様は、周囲にはどう見えているんだろう。

 演劇を始めてから、周囲の目に昔ほどおびえなくなったが、やっぱり怖いものは怖い。女子高生、中学生の視線が刺さって痛かった。


 しばらく歩き回った後、休憩スペースにあるベンチに二人で腰かけた。


「うーん、なかなかないな」


 翡翠がぼやく。僕も同じ気持ちだった。

 一通り、可愛らしい雑貨のお店は見たが、あまりピンとくるものがない。どれもこれも可愛いのだが、朱里が喜ぶかといえば、使ってくれるかと考えれば、どうも微妙だ。


 一つだけ、僕がぴんと来るものがあったのだが、それは翡翠によって却下された。彼曰く、実用性がなさすぎるのと、気に入る気に入らないがわかれるものだからだそうだ。


「いいものないかなぁ」


 歩き回ってだいぶ疲れたらしい、翡翠が空を仰ぎながら嘆く。

 僕が周囲を見回していると、まだ、行っていないお店を見つけた。

 僕は翡翠をおいて、ベンチから立ち上がって、そのお店の傍によった。


 そこは、安価なアクセサリーを扱うショップだった。

 ファンシーグッズばかり見ていて、完全に見落としていた。

 

 僕はすぐにその一角の指輪のコーナーへと引き寄せられる。

 そこにはいくつかのペアリングが展示されていた。

 この間プロポーズしてしまったせいだろうか、妙に目が指輪から離れなかった。


「……結婚でも申し込む気か?」


 沈んだ翡翠の声が後ろから聞こえて慌てて振り向く。

 心配そうに見つめてくる翡翠にどういっていいかわからない。

 まさか、もう済ませたともいえない……。


 黙っていると、翡翠が僕の肩にポンと手を置いて言う。


「初プレゼントで、それは重いと思うぞ」


 どうしていいかわからなかった僕は、翡翠の言葉にうなずいておく。

 僕の反応を確認した翡翠は、腕を引っ張りアクセサリーショップの店舗の一番外側の、髪飾りなどを売っているコーナーへと連れていく。


「ここで買いたいならせめて、この辺にしろ」


 朱里と僕の間にあそこまでの進展がなければ、翡翠のいうことはもっともだった。ここは、疑われないためにも、翡翠の言葉に従っておくことにする。

 僕は、目の前にある髪飾りを物色していく。

 素敵なモノや、おっ、と思うものがいくつかあったが、どれも朱里の美しい白銀の髪を思うと、どうも合わない。やっぱりデザインが日本人に多い黒髪をベースに作られているのだろうからしょうがない。


 ただ、俺の目は、一本の簪にくぎ付けになる。

 なんだか、俺はそれを買わなきゃいけないような運命な気がして、それを手に取りレジに向かった。


「おい、お前、それ……」


 純和風で、朱里のきらきらした髪には絶対似合わないような簪。


 自分でもなんで、これを買っているのかわからなかったが、翡翠の問いになぜか口が勝手に応えていた。


「ねえちゃんにあげるんだ」


 その答えに、翡翠が曇らせていた顔を少しだけ明るくする。


「藍さんか、だったら似合いそうだな」


「最近、飯作ってもらったりしてるから、たまには少しくらい、と思って」


「姉思いじゃん?」


 翡翠がにやりと笑う。ただ、次の瞬間、あることに気付いたようで、僕の頭を小突く。


「家族もいいけど、お前、彼女のプレゼントの方はいいのかよ」


 そっちの方も、僕の口は彼の問いに勝手に返答していた。


「やっぱり、最初のあれにする」


「あれ、か。外す可能性もあるけど、いいのか?」


 翡翠が少し心配そうな顔で言ってきたが、僕は笑って言い返す。


「なんでも喜んでくれるって言ったの、翡翠だったろ?」


 翡翠はそんな僕の顔を見て、苦笑いを浮かべる。


「お前がそんだけ自信あるならそうしろよ」


 簪を買った僕はその後、朱里へのプレゼントを買って翡翠とともに帰路へと着いた。


 プレゼントという重圧から解放され、軽くなる心。

 そして、僕のお財布の中も、だいぶ軽くなった。

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