第34話 プレゼント

4月25日 四季砦学園 1年2組HR


「それで、結局、キスしなかったってわけ?」


 目の前の翡翠があきれ顔で言ってくる。


「う、うん……」


 僕は顔を赤くしながら答えた。

 時刻はお昼の12時。場所は、僕らの教室だ。


「お前さぁ、あんな大変なことしといて、いざとなったらキスもできないなんてどういうことよ」


 翡翠はから揚げをさした箸をぶんぶんと振り回しながら、僕のことを責め立ててくる。


「でも……」


「でもじゃないんだよ、甲斐性なし」


 翡翠は、ごねる僕をばっさりと切り捨てた。


「うう、わかったって……って、そうじゃなくてさ。本題はプレゼントの方」


「ああ、そうだったな。忘れてたわ」


 翡翠はそう言ってから揚げを頬張る。

 からかわれることをわかっていて翡翠に相談したのは、朱里にあげるプレゼントに悩んだからだ。ちなみに、翡翠に話したのは婚約とか若葉の乱入を抜いた平和な部分のみだ。さすがにその辺を話すのはいくら翡翠でもちょっと勇気と覚悟がいる。ただ、そこの部分を抜いて話す僕と朱里の初デートは、翡翠にとって呆れる要素しかなかったらしい。


「プレゼント、ねぇ……」


 つぶやく翡翠に僕は懇願する。


「頼む、翡翠。一緒に考えてくれ」


 翡翠がちらりと僕の目を見てくる。

 僕は必死に翡翠を見つめ返した。


 ……僕がプレゼントに悩むのもしょうがないことだと思う。なにしろ、付き合って(婚約して)初めてあげるプレゼントである。変なものをあげるわけにはいかないのだ。これからの朱里との生活が懸かっているといってもいい。


 翡翠は僕の必死さを受け取ったのか、小さく溜め息をつくと僕に尋ねてくる。


「朱里先輩って、なにか趣味とかあんの?」


 から揚げを飲み込んで、今度は卵焼きを箸で掴む翡翠。


「どうだろう……」


 僕はその質問に悩む。昨日、一通り自己紹介をしたが、趣味のことは話さなかったのだ。今度聞いてみるとしよう……。


「って、今度じゃ、間に合わねー」


 僕はそのことに気付いて、発狂寸前で頭をかいた。


「はいはい、落ち着きましょーね」


 またまた呆れ顔の翡翠が、僕の頭をぽんぽんと叩いてきた。そして、箸の先についていた卵焼きを僕の口に突っ込んでくる。


「こ、子供扱いするなよ」


 僕が卵焼きを頬張りながら睨むと、翡翠は再び呆れ顔になって言う。


「好きな女にあげるプレゼント一つ選べないおこちゃまだろうが」


 図星過ぎて、何も言えなかった……


「でもまあ、趣味がわからないっていうんじゃなぁ」


 翡翠が悩まし気に腕を組む。

 なんだかんだ言うけど、最後は真剣になってくれるのが僕の親友、翡翠のいいところだ。


「なにかいいものないかな」


 僕が身を乗り出して尋ねると、翡翠はうーんと唸る。


「俺には何とも……。とりあえず、お前の考えた候補を言ってみろよ。いいかどうかぐらい考えてやる」


 翡翠に言われて俺は自分のバッグの中をごそごそとあさり、メモ帳を取り出す。


「それ、もしかして、プレゼント候補のメモ……?」


 少し気持ち悪い物を見る目で見つめてくる翡翠に、僕はうなずく。


「そ、昨日徹夜で考えたんだ」


 メモを真剣に見る僕の横で、翡翠が笑い出す。


「もう、お前、必死すぎ! ああ、おかしい」


 僕は自分を笑ってくる翡翠をにらみつけた。


「それだけ、大事なんだよ。悪いかよ!」


「悪くないって、いや、ごめん、青春してるなぁとおもってさ」


 懸命に笑いを抑え、目から涙を流している翡翠。


「考えてくれる気あるの?」


「一応、あるよ。でもさ、そんなにお前が必死になって考えたプレゼントなら、あの先輩ならどんなものでも喜んでくれると思うぜ」


 やっと笑いのとまった翡翠が言う。

 いや、わかってるんだ。朱里がそう思うことは。

 でも、やっぱり迷うじゃないか。

 大事な初プレゼントなのだ。


「まず、候補の一つなんだけど……」


 僕が翡翠の言葉を無視して続けると、翡翠もさすがに真剣になって聞いてくれる。


「劇のチケットとか、どうかなと思って」


「ああ、朱里先輩、舞台好きだもんな」


 演劇部での会話から、朱里が様々な舞台を見に行っていることはわかっている。

 それだけ見に行くということは、観劇が好きなのだろうから、二人で見に行くのはどうかと思ったのだが……。


「でも、まあ、どうだろうな」


 その考えは翡翠に却下される。


「詳しくて好きだからこそ、中途半端なものは見たくないって思うかもだし、もしかしたらもう見てしまっている可能性もある。公開初日とかだと、その可能性ないけど、今度は口コミが聞けないから外す可能性がある」


 翡翠の意見になるほどと思った。やはりこいつは頼りになる。

 僕は手元のメモの”劇のチケット”の部分に線を引いた。

 それに……と翡翠は続ける。


「初プレゼントだろ? 残るものの方が嬉しいんじゃないか?」


「あ、そっか」


 翡翠の言葉で、僕は手元のメモを見る。

 そこには、形に残るものが一つもなかった。

 昨日の僕は、自分が食べ物をもらった影響か、残る物をあげるという意識がなかったらしい。やっぱり、眠い頭で考えるのは駄目だな、と僕は反省する。


「どうしようか……」


 僕はそこから懸命にアイディアを出した。

 その作業に翡翠は、昼休みいっぱい付き合ってくれる。

 結果、いくつかの候補が出来たが、現物を見てみないとということで、その場は終わった。


 昼休みが終わり、午後の授業が始まる。

 放課後にはまた、朱里に会えると思うと、なんだか昨日のことがたくさん思い出されて、緊張して、授業に身が入らなかった。

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