第14話 学級代表

 結局俺は、あれよあれよという間に学級代表を押しつけられた。

 数の暴力とは恐ろしい。有無を言わせず、俺に選択を押し付けてくる。


「それでは学級代表も決まったところで、委員を決めていきましょうか」


 この学校では、どうやら全員が何かしらの委員会に所属しなければならないらしい。様々な委員会があって、生徒会、生活委員会など一般的なものもあれば、将棋委員会、研究委員会などユニークなものもある。ちなみに、生徒が新しく委員会を発足することも可能で、後者のほとんどが生徒発足の委員会である。


「それじゃあ、神崎君。進行お願いね」


 桃井先生がそう言って、俺に前に出るように促す。

 俺はみんなの視線の注目を受けながら、教壇まで上がる。

 下を向いて、緊張を出来るだけ落ち着けてから正面を向く。


 たくさんの目が、こちらを向いている。

 緊張する。

 間違っちゃいけない。

 怖い。


 一気に感情が押し寄せてきて、恐ろしい。


 自分の心が制御できなくなっていく。


 助けて。


 誰か、助けて。


 この目線の牢獄から解き放ってくれ……。



「そ、それ、それでは。い、委員会を、き、決めていき、たいと思います……」


 何度もどもってしまう。そんな俺の様子に周囲の人々が不審なまなざしを向けてくる。

 

 アイツ、どうしたんだろう。

 

 緊張してんじゃね? ウケるー。

 

 だっさ。


 そんな声が聞こえてくる気がして、俺は必死に教卓に手をついて、倒れそうになるのを抑える。

 

 ああ、こんな俺に舞台なんて無理だ……。


 改めて認識する。


 涙が、出そうになる。


「先生、俺、放送委員会やりたいんっすけど、いいすか?」


 必死に教卓に目線を落としてやり過ごしていた俺に救いの手が差し伸べられる。

 翡翠の声だった。


「いいですよ。ほかにやりたい人はいませんか?」


 クラスの誰からも声が上がらない。


「では、放送委員会は三日月君で決定で」


 桃井先生が黒板に書きこんでいく。


「あ、それと、放送委員会になったからには、みんなの前で話すのとか練習しちゃいたいんすけど、進行代わりにやっちゃっても?」


「え、ええ。神崎君がいいなら……」


 桃井先生は一瞬戸惑った後、そう答える。


「大丈夫です……」


 俺から出たのは弱々しい声だけだった。ふらふらと教壇を後にし、自分の席へと座る。


「それでは、委員を決めていこうか。何かやりたいものがある人は挙手で! 先着順で行くぞ」


 教壇から翡翠の快活な声が聞こえる。

 俺は、自分の席に着くと、机に体をもたげた。

 流れようとする涙を懸命に瞳の中に留めて置く。


「じゃあ、こんな感じで。先生、どうでしょう?」


 数分もすると、翡翠の力によって委員会決めは終了していた。全く、有能な奴だ。その能力を少しでもいいから、分けてほしい。


「いいね。上出来だわ。早く決まったので、次の授業時間まで自由時間とします。ただ、ほかのクラスはHRをしていると思うので、静かにお願いね」


 桃井先生はそう言って教室を後にする。

 先生がいなくなった後の教室は無法地帯だ。

 様々な言葉が飛び交い、耳を傷めつけてくる。

 先ほどの傷によって俺の防御力はゼロだ。

 ちらちら、俺を見てくる視線も痛い。


 俺は静かに教室を後にし、トイレへと向かう。


 トイレの中で、鏡を見る。

 自分がひどい顔色をしているのが見えた。

 人に見せる顔じゃない。

 舞台になんて、上がれっこない。

 俺は、朱里先輩とは釣り合わない……。


「演劇部のこと、考えてんだろ」


 トイレの入り口から声が聞こえる。

 もちろん、声の主は翡翠だった。


「なんでわかるんだよ」


「わかるさ」


 翡翠は俺の方に近づいてくる。


「今ので、あの先輩のこと諦めたんじゃないだろうな」


「諦めてなんて……!」


 図星をつかれて、俺はどうしていいかわからなくなる。

 そして、相手が翡翠だからか、本心を言ってしまう。


「嘘だよ。正直、無理かなって思えてきてる。こんな俺じゃ、あの人の隣にはいけない気がする」


「お前馬鹿だなぁ」


 そんな俺の言葉を聞いて、翡翠は笑う。


「いっつも自分で言ってるくせに、ここは現実だ。だから、劇的な変化なんて起こらないって。そうおもってるお前が、劇的な変化を望んでどうする」


 翡翠の言った事をよく噛みしめる。確かに言われた通りだ。

 俺は、何で”二次元的”事象を信じていたのだろう。

 現実を忘れかけていたのだろう。


「少しずつ、やっていけばいいだろう。それに、すぐに舞台に立てなくったってさ。あの先輩と付き合うには、舞台に立たなきゃいけないなんて法はないだろ? お前のできることをやっていけばいいと思うぜ」


 翡翠の言葉が胸にじんわりとしみてくる。まったくもって彼の言う通りだった。


「ありがとう、翡翠……」


 俺が涙目になって礼を言うと、翡翠はにやりと笑い返してくる。


「このお礼は無事付き合えた時、ツーショット写メで返せ」


「お前は、ほんとに!」


 このからかいも俺の涙を消してくれるためなのだろう。


「お前は、本当に、いい……」


『一年二組、神崎蒼斗君。至急生徒会役員室までお越しください』


 親友だよ。そう続けようとしたとき、その言葉は校内放送によって遮られた。


 放送に俺と翡翠は顔を見合わせる。


 生徒会長である仲田先輩の顔を思い出し、俺は一人心の中で覚悟を決めた。

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