9.5

「……見ないで、ください。目、腫れてるから……」

 月島は、私の身体を引き剥がしなら、つぶやいた。

「そうか。だったら見ない。ずっとそっぽを向いてよう」

「意地悪」

「いや、すまん……」

 腰を落として、彼女の視線の高さに合わせる。

 ポケットからハンカチを取り出して渡した。月島はそれを目尻に添える。

「国立先生、さっきの話ですけど……」

「うん?」

「お母さんに会うの、それだけは止めて欲しいです。家庭訪問とかなら仕方ないですけど」

「どうしてだ? お母さん、月島のこと心配していたぞ?」

「意地悪」

「あ、いや、本当に意味が分からないんだが……」

 月島は「ありがとうございました」とハンカチを差し出した。私はそれをポケットに収める。

「だってお母さん、先生のこと狙ってるから」

「……え、まじで」

「まじ」

「……そっかぁ。きれいなお母さんだけど、そういう風には見てなかったなぁ」

「そんなんだから結婚できないし、恋人も作れないんですよ」

「面目ない」

 するとお昼休みの終了を告げる、予鈴が鳴り響いた。

「にしても、ひどかった……」

 額に手のひらを当てながら、慨嘆する。

「……ごめんなさい」

「いや、月島のことじゃなくて……、さっきの私の台詞だ。思い出しただけで顔から火を噴きそうだ……」

 脳内で蘇る、恥ずかしくも、図々しい、自分勝手で、一方的な、そして女子高生に決断を迫る、三十路男性の告白。今日は飲めないお酒がないと、耐えられないかもしれない。

「そうですか? 私は気にしませんよ。私を選べって亭主関白な態度とか。嫌なら先生と生徒に戻りますって泣きそうな顔とか」

「ああ、止めろ止めろ止めてくれ止めてくれ許してくれ」

 にやぁ、と笑う月島。

 この顔、悪意を込めてるんじゃなくて、本音で笑ったらこうなるんだろうな。いや、だったら悪意か。

「先生、チャイムが鳴ったんで、戻ります」

 月島の発言で、現実へと引き戻された。

「……あ、そ、そうだな。遅刻しては大変だ」

「じゃあ」

 彼女は扉に手をかける。

「月島、また話をしような」

「先生に懲りずに、っていう意味ですか、それ?」

「月島も意地悪だな」

「はい」

 笑顔を残して、屋上を去っていった。

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