7.2

『古見セミナー学習塾』

 バス停から降りると、そのすぐ近くにある雑居ビルの三階に、大きな看板がぶら下がっていた。

 職場の住所は、ここで間違いない。私は入口へと向かった。

 入口の近くはエレベーターが設置されてあり、私は、うえのボタンを押す。すぐに扉が開き、私を受け入れてた。

 エレベーターの奥には鏡があったのだが、そこに映し出された風貌に、我ながら情けなくなってしまう。髭を剃ってブラシを入れたが、いかんせん美容院に行ってないことが丸わかりだ。顔も痩せこけていて貧弱に見える。久しぶりに袖を通したシャツと、首に巻きつけたネクタイが、とってつけたように似合っていない。

 ――事前に連絡しておけばよかった。

 この風貌のせいで不審者扱いされ、追い出されてしまうような気がした。

 すると、ちん、という音とともに、エレベーターが三階に到着する。エレベーターを降りた目の前にも『古見セミナー学習塾』と看板が出ている。

「失礼します」

 軽くノックして、そのままドアを開けた。白を基調とした部屋が視界に飛び込んでくる。外から見るよりも内部は広々としており照明も明るい。

「はい」

 カウンターの奥から女性が出てくる。40代くらいだろうか。落ち着いたベージュのスーツ姿に、控え目の化粧だった。

「すみません、私は苫田井高校に勤務している国立一弥という者なのですが」

 女性はカウンターの予約リストに目を落とす。「いえ、アポイントメントはありません」と私はつけ加える。

 では何の用事できたのか。営業用のスマイルに訝しむ視線が混ざり込んでくる。

「こちらに千早黒樹先生がいらっしゃると伺ってきました。以前、同じ職場でお仕事をさせてもらっていて、今日は近くを通りかかったものですから、ご挨拶にと」

「少々、お待ちください」

 彼女はカウンターの奥に引っ込んでいった。

 ぼそぼそと話し声が聞こえてくる。私の話の裏をとっている様子が伝わってくる。数分ほど待っていると「お待たせしました」と男性が出てきた。

「私が千早黒樹ですか」

 小柄で猫背の男性が、カウンター横から近づいてくる。やはり細面だが、夢よりも肉づきがいい。それに何よりこの声には聞き覚えがあった。

「ご記憶でしょうか、私です、国立です」

「ええ覚えていますよ。いや、懐かしいですね。お元気にしていますか?」

 夢の記憶よりも丸く、そして温和そうな表情だった。

「千早先生、今からお時間ありますか? もしよろしければ近況報告を兼ねてお昼でも」

 腕時計は12:00を指している。

「はい、もちろん」

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