7.3

 私と千早先生は、塾の近くにあるファミリーレストランに向かった。

 ここは塾関係者や塾生たちに、昼夜の食事を提供する場所になっているという。外光が入りにくい設計になっているのか、店内はどことなく薄暗い。お昼だというのに客は多くなく、隠れ家を連想させる。

「いやはや、びっくりしました」

 千早先生は、店員が運んできていたハンバーグセットのジャガイモを口に運ぶ。

「苫田井高校の名前を聞くのもずいぶん久しぶりのことで、国立先生がわざわざいらっしゃるなんてことも想定外でしたから」

「すみません。事前に連絡差し上げればよかったのですが」

「いえいえ。こうしてご挨拶に来てくれて、嬉しく思いますよ」

 先生が微笑むと、やや深い豊齢線が走った。

「苫田井高校のほうはいかがですか? やはり生徒指導で忙しいのですか?」

「……はい。あの頃から変わらず、馴れ馴れしい生徒ばかりで」

「国立先生は、ずいぶんと生徒に慕われていましたから。今もそうだろうと想像します」

「……え、ええ」

 すると店員は、私の注文したモンブランとコーヒーを届けにきた。

 液体を口に含み、人心地つく。それからしばらく、千早先生は食事を摂り、私はモンブランを食べていた。ときおり、まばらに店内にいる客が、ベルで店員を呼び寄せている。

「それで国立先生、今日はどういったご用件で」

 お互いに食事が落ち着いてくると、向こうから水を向けてきた。

「ここは苫田井高校からずいぶんと離れています。それに私はもう高校と縁が切れています。何か理由があったのだと拝察しますが、間違っていたらすみません。年のせいか、思考力が衰えていて……」

「……そう言っていただいて助かります。聞きづらいことだったので」

 コーヒーを飲もうとしたが、すでにもう中身は空になっていた。

「月島、霧子のことです」

「…………」

 千早先生は猫背のまま動かない。

「……私は現場を離れて時間が経っています。月島さんのことであれば、ご担任の国立先生のほうがよくご存じなのでは?」

「大人しくて手のかからない、真面目で成績がいい」

「ええ、私のいるときからそんな子だったと思います」

「でもそれは表向きのことでしかない。本当はもっと考えがあって、大人も躊躇ってしまうようなことを、平気な顔でやってしまう」

「……」

 千早先生は、フォークでにんじんを刺し、それを口に入れる。

「私、休職中の身なんです」

 彼は面をあげた。

「月島が原因でした。彼女と関係を持ったという話が学校に広がり、そこに留まることができなかったためです。現在も復職のめどはたっていません」

 お恥ずかしい話ですが、と言葉を補う。

「千早先生と月島について、詳しいことは何も知りません。多崎先生も分からないとおっしゃってました。ですが同じようなことがあったのではないかと考え、失礼を承知でここに……」

「……そうでしたか」

 フォークを、ことり、とすでに冷めているプレートに置いた。

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