2.3

 翌日。

 早朝の職員会議で、報告事項が終わると、

「すみません。情報共有の意味で先生方に連絡があります」

 2年3組担任の香川かがわ時夫ときお先生から、不登校状態の担任の生徒について補足があった。定期的な家庭訪問を続け、スクールカウンセラーとも協力した結果、本人は復帰への意欲を見せているということだった。

「あと本日は、以前ご案内したように夕食会があります。場所はいつものところです。以上です」

 と、言葉を閉じる。

 すぐに先生方は、早朝HR開始までのわずかな時間を使って、一日の準備を開始した。

「先生、お忙しいところすみません。ちょっといいですか?」

 私の隣で国語の教科書を読み直している、花本先生に声をかける。彼女は不思議そうに首を傾げた。

「最近、女子生徒の間でトラブルなんかは起きてませんか?」

「トラブル、と言いますと具体的には?」

「いじめられている子がいるだとか、悪口を言われているだとか、そんなところです」

「そうですね……」

 教科書から目を離して、遠くを見つめる。

「恋愛のこじれや、グループ間の小競り合いはありますが、いつものことと言えばいつものことですから、さして大きなトラブルでは」

「そうですか」

「どこかでそういった話を聞かれたのですか? 生徒から相談を受けたのでしょうか」

 適切に答えるのが難しい質問だった。本当のことを言ってしまえば門田を裏切ることになるが、かといって、全部隠したままでは情報は手に入らない。

「何となく、ですが1組の女子が浮足立っているというか。雰囲気に違和感があったので、念のため。何もないようでしたら、気のせいだと安心できます」

「そうですね」

 花本先生は、口に手を当てて、顎を引いた。

「心当たりなら、ないわけではありません」

「えっ、たとえば?」

「たとえば、ですね。国立先生のことが好きだけど、そのことを隠している女子なら」

「……はあ」

 何とも拍子抜けな回答だった。

「女同士の密約があるので詳しいことは言えませんが。先生はもうとっくにご存じだと思っていました」

「………それは、いえ、初耳です」

「多崎先生が心配されるのも、無理からぬことですね」

 片目をつむりながら、花本先生は微笑する。

「国立先生は、ご熱心なあまり、足元がお見えになっていないようですから。冷静になれるといいですね。置かれている状況が、想像以上であることに気づかれると思いますよ」

 花本先生は『2年2組』と書かれた黒い背表紙の出席簿を脇に抱えながら、「では」と早朝のRHへと旅立っていった。どういうわけか、ちょっと手厳しいもの言いだった気がする。

 ――2組の連中は知らない、ということか。

 噂話は1組限定のものかもしれない。だとすれば、犯人探しはかなり簡単になる。そう考えながら、自分も出席簿を手に、デスクから立ち上がる。

 ちらり、と視線を中央に向けると、にやにやしている多崎教頭の顔があった。あざとくウインクをしてくる。なるほど灯台下暗しだ。

 私は負けじと、殺気を込めた視線を投げつけて、職員室をあとにした。

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