5.6
「月島という女子生徒には気をつけてください」
「月島? うちの月島霧子のことですか?」
――これは。
あれだ、例の夢だ。
件の男性が、私に助言している。月島には近づくなと。
「そうです。彼女のことです」
「月島は、とても大人しくて真面目な生徒ですが、気をつけるというのは一体……」
その男性は無言で頭をふる。
痩せてくぼんだ眼球が、私に有無を言わせない。
「警告しましたからね。不用意に近づかないようにしてください」
そして彼は、私に背を向けた。
――この展開も相変わらずだ。
慌てて彼を呼び止めて、そこでなぜか、月島に出会う。
そして彼女の笑顔を見て、目が覚める。
「待ってください。どうして月島を警戒しなければいけないんですか?」
彼の肩に手をかける。
「国立先生は狙われているんです。私はその予行演習にすぎなかったんですよ」
すると男性は、呼びかけに応えた。
――いつもと違う?
こんなシーンは、これまで見たことがない。ここで彼は月島と入れ替わるはずなのに。会話が続いている。
「千早先生、一体、どういう意味なんですか? 予行演習って」
そうだ。
思い出した。
この男性は、
「事情を知っているのは多崎先生だけです。でも国立先生にだけはお教えしておきたいんです」
「さっきから話が分からないですよ……」
「とにかく月島には近づかないでください。油断さえしなければ、たった二年の辛抱です。それだけで先生は安泰です」
「千早先生、放課後にお時間もらえますか? そこでゆっくりお話を」
「駄目だ。彼女が来る。ここにいてはいけない」
すると千早先生は、逃げ出すように、その場を離れていった。
――どういうことだ? 月島と千早先生に、一体何が。
「先生どうしたんですか?」
いきなり背後から、私の肩に手が置かれた。びっくりして振り向くと、そこには月島の顔があった。
「私の顔がそんなのおかしいですか?」
「いや、ここに男の人がいなかった――千早先生、そうだ。月島は千早先生のことで、何か知らないか? さっきお会いしたのだが様子が変だったんだ」
「え、そんな先生はこの学校にはいませんよ」
「何を言っているんだ。千早黒樹先生だぞ? 国語を教えられてて、気の優しい……」
「国立先生こそ、何を言っているんですか? 花本先生が国語を教えていますよ、私が来る前から、ずっと」
そんなはずはない。
千早先生は、私と一緒に仕事をしていたはずだ。月島だって授業を受けたはずなのに。
「私には先生しか見えません。安心してください。私はどこにも逃げません」
「……月、島?」
気づけば月島は、私の手をとり、愛おしそうになでていた。その力を次第に強め、爪を突き立てる。私はその様子に怖気を覚え、顔を歪ませた。
「私、先生のそんな顔が見たかったんです」
月島が笑顔を浮かべたその刹那――月島の顔は溶けるように輪郭を失い、私の顔へと変容した。
「国立一弥、私が誰だか分かるか?」
「お前は、月島じゃ、ない……?」
「そうだ。私は月島じゃない。国立一弥だ。千早黒樹の次は、お前だ」
にやぁ。
国立一弥は笑顔を浮かべた。
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