7.7

 千早先生と別れてから、私はファミリーレストランでしばらく時間をつぶし、自宅に戻った。

 スーツ姿のまま机に向かい、沸かしたお湯で淹れたインスタントコーヒーを口にする。久しぶりに外出をしたからか、不思議な高揚感を覚えていた。

 じっと机を見つめながら、千早先生の言葉を思い出していると、

「どうしたんですか? スーツなんか着て」

 いきなり玄関が開き、月島が部屋に入ってきた。

 そのまま隣に座ってきて、私の様子をまじまじと観察する。

「もしかして学校に行ってきたんですか?」

「いや、千早先生に会ってきた」

「……ふうん」

 月島は露骨に不満を示した。

「古見町の塾で仕事されていてな。とてもお元気そうだった」

「それ、私に関係ある話なんですか? 私のせいだって愚痴を言い合ってきたとか? 私への当てつけですか?」

「千早先生は、月島のことを悪く言わなかった」

「……そうですか」

 彼女はすくりと立ち上がり、キッチンへと向かう。そのまま晩ご飯を作り始めた。

「なあ、月島」

「何ですか」

 私からの呼びかけに答えながらも、月島は作業の手を止めない。

「月島は、私とのことを話題にされて、嫌な気持ちにならないのか? 学校で友達にからかわれたり無視されたりしていないか?」

「どうしたんですか、急に」

「いや、ちょっと気になったんだ。私の化けの皮が剥がれた顔を見ていたい、ということだけで、ここまでするのかって」

「そうですよ。当たり前じゃないですか」

「そうか」

 とんとんとん、と包丁がまな板のうえで踊る。

「私も見てみたいな。化けの皮の剥がれた月島の顔」

 ぴたり、と包丁は動きを止める。

「これまでいろんな月島を見てきたが、どれも違うような気がしている。大人しくて真面目な月島、私の化けの皮を剥がしてしまった悪意のある月島、今でも自宅に通ってくる、意図の読めない月島。全部、違うような気がしていてな」

「先生、どうしたんですか? 今日はおしゃべりですね」

「おしゃべりな私は嫌いか?」

「そういう意味じゃありません」

「なら好きか?」

「からかうのは止めてください」

「すまない」

 再び、包丁の音がするようになった。

 それから月島の作った料理を口にし、ゆっくりとすごした。ただいつもとは違って、月島はあまりしゃべらず、すぐに帰っていった。

 彼女がいなくなったあと、私は充電器を付けっぱなしだった携帯へと手を伸ばした。一世一代の大芝居に出るために。

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