第6話 校長室でお話しましょう。ここでは人目があります

 月島が来てから、しばらく虚脱感に悩まされた。何をするのも億劫であり、近所のコンビニエンスストアで、どうにか食料を確保する。そんな生活を繰り返し続けた。

 それでも、どうにか体調は回復し、ようやく職場への復帰を果たせるようになっていた。久しぶりにシャツに袖を通し、襟にネクタイを巻く。慣れていたはずの儀式なのに何度も失敗してしまう。

 気分が晴れない。

 月島とのやりとりが、ずっと引っかかっているからだ。

 どうして先生と生徒という関係にこだわるのか。それがもたらす学びというものは、一体、何の役に立つのか。この問いが、風邪にうなされながらも脳内を占領し続けてきた。

 ――また来ますね――

 だが月島が、自宅を訪れることはなかった。

 月島だけではない。花本先生もまた、お見舞いには来なかった。

『すみません。門田さんに捕まってしまい、そちらに行けなくなりました』

 このメッセージが届いたっきり。以降、連絡すらない。新しく主任でも引き受けたのだろうか。今日、学校で会うだろうから、そこで確認すればいい。

「おや」

 苫田井高校の駐車場へ向かう途中。ここの制服を着ている女子学生二人組の姿があった。あの髪型には見覚えがる。たしか吹奏楽部にいた生徒たちだ。

「おはよう」

 車の速度を落として、ウィンドウを開ける。

 しかし二人からの返事はなかった。怪訝そうな顔で、視線を逸らすばかり。「ねえ」「うん」と言ったかと思うと、そのまま正門へと逃げるように走っていった。

「……まあ、そういうこともあるか」

 理解できないことを、いったん保留し、そのまま駐車場へと車を走らせた。

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